妖精の魔法

 あの戦争は、飛行機が主役でした。

 次から次へと、たくさんの飛行機が組み立てられて、順番に戦場へ送り出されました。

 ストップ!と命令されるまで、工場は動き続けます。保管庫がいっぱいになっても、外にはみ出しても、飛行機は作られ続けました。

 ようやく戦争が終わった時でも、工場にはまだまだ、余るほどの翼が並んでいたのでした。そしてその状況は、どの国でもだいたい同じだったのです。

 誰だって、無駄になることは嫌いですよね。

 そういうわけで、ほとんどの人が武装を外した軍用機マイプレーンを持つことになったのは、いわば必然と言えました。



 ここ、ドナイラ共和国でも、休みの日はお出かけで空が賑わいます。よく見かけるのは「10C3ヘルメ」。元空軍機なので、焦茶の塗装がちょっとだけ厳つい感じ。

 もちろん塗り直すこともできるのですが、お金がかかるやらめんどくさいやらで、みんなそのまま乗っています。若者たちには、地味な見た目であまり人気がないみたい。

 みずみずしい彼らにぴったりの、ポップな飛行機はないものでしょうか?

 できれば価格もリーズナブルであれば、もう言うことなしなのですが。





 あの戦争で、ドナイラ共和国は負けました。最後にちょっとだけ善戦できたおかげで、国そのものが存続できたのが不幸中の幸いでしょうか。

 戦争中、飛行機を作るための材料も、飛ばすための燃料も、みるみる無くなっていきました。昔から高品質が特徴だったドナイラ製工業製品は、今や粗悪品と言われてもおかしくないほどの出来が精一杯。根性と誇りで、なんとか生産していました。

 自然は豊かだけど資源がない。そのうえ空襲のせいで、製作機械も満足に無い。

 そんな状況で生み出されたのは、簡単な設計の、貧相な戦闘機でした。

 見た目は丸棒と定規を組み合わせたかのよう。たっぷりあるけど、戦闘機の材料にはもう時代遅れの木材を使い、機械がなくても作れるように、各パーツは簡単な形をしていました。手作業が前提の作りです。

 エンジンは、使い道がなくて埃をかぶっていた旧式のもの。言ってみれば在庫処分も兼ねていました。

 もはや飛べるおもちゃといっても差し支えないほどです。

 試験飛行を見にきたお偉いさんも思わず涙を浮かべるほど、遅いし性能も悪い戦闘機。名前を「ピクシー」と言いました。

 いくら弱くても、戦う術がなくなるよりはマシということで、結局軍は量産許可を出します。ピクシーは作るのが簡単で、材料も豊富だったために、終戦までには結構な数が出来上がっていました。まぁ、使われなかったのですけどね。



 このまま朽ちて、悲しい運命を辿るはずだったピクシーですが、神様はこの子たちを見捨てませんでした。工場を運営する飛行機会社の新社長が、大量に並んだ機体たちを見て、これだ!と閃いたのです。

 次の日から、早速作業が始まりました。従業員総出で傷んだ部分を取り替えます。

 エンジンを綺麗に掃除して、ペンキをきれいに塗り直しました。

 もともと、材料や製造コストを第一に考えられた飛行機です。手直しにかかったお金はわずかなものでした。

 数ヶ月後には、色とりどりの翼がいっぱい、それもとっても安い価格で売り出されることになったのです。



 新生「ピクシー」は瞬く間に大評判になりました。

 今までになかったポップなカラー展開、おもちゃみたいな可愛らしいデザイン、そして手の出しやすいお値段は、若者たちのハートを鷲掴みにしました。飛行機に興味のなかった女性たちにも大人気になり、空はカラフルな機体が飛び交うようになりました。

 完売したって、簡単に大量に作れるのです。壊れたって、修理費も安く済みます。

 顧客満足度も、会社の評判も業績もうなぎのぼり。

 敗戦間際の追い詰められた設計が、いい意味で裏目に出ていました。

 よく考えれば、日常で使う分には速度も性能もそれなりで十分なのです。むしろ遅い方が操縦もしやすいので、そこも免許取りたての若者たちには好評でした。

 ピクシーはやがて、名機の一つに数えられるほどの大ベストセラーとなったのでした。





 時代は流れ、あの社長はずいぶんとお髭が豊かになりました。エンジン技術も進歩して、主流はジェットエンジンですが、彼はいまだにピクシーに乗ります。

 そして毎年、世界中のピクシーファンを集めてパーティーを開くのです。

「戦争の象徴が、友情の象徴に」。横断幕にはいつも、この文句が輝いていました。





(妖精の魔法 おわり)

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