レシプロ・フレーム 〜空の短編集〜

そらいろきいろ@新作執筆中

平和にぴったりの戦闘機

 長かった戦争が終わり、ようやく訪れた平和な時代を、誰もが謳歌していました。

 戦時中、新聞はもちろん漫画や映画までが、戦意高揚のために持ち上げまくった救国の英雄ルブラン・セラも、今ではカフェでコーヒーを嗜むくらいの余裕がありました。

 ようやく待っていた軽食が来て、彼は持っていた本を置きます。

 タイトルは「守りたい空」。勇ましい内容が人気の、彼の自著でした。ちなみにカバーが掛けてあるので、中身を読まれない限りナルシストだと思われることはまずありません。

 きゅうりとハムのサンドを、彼ははむっと頬張ります。英雄はこれが大好物でした。お店もそれはわかっているので、彼が見えたら店主はきゅうりを切り始めるのです。

 四つあるうちの三つを平らげて、最後の一つもその勢いで食べようと思いましたが、一旦コーヒーを飲むことにして、カップに指を掛けました。

 すす、と香ばしい薫りが抜けていきます。

 風がページをぱらら、と繰って悪戯します。

 彼は本を眺めて、はぁ……、とため息をつくのでした。



 平和な時代でも、軍隊はいます。力に差ができてしまえば、弱者は強者の獲物となってしまうことは、野生の動物たちが証明している通りでしょう。

 戦争がしたいわけでなくとも力を維持し、お隣の国が強くなれば、それに合わせて強くなる。国はそうするしかないのです。

 特に技術の進歩がそのまま強さに影響してくる空軍において、航空機の技術開発はとっても重要なことでした。開発局は戦時中とほとんど変わらず、新型機の開発にてんてこまいの日々を送っているのです。

 現在この国を守っているのは、重騎士クラッシャーの異名を持つ「F2 グラーダー」。遅いですが防弾装備が充実していて、いくら撃たれてもなかなか堕ちない、タフな戦闘機です。

 しかし、終戦間際のグラーダーは苦戦を強いられました。当時、敗北間近の敵国が出してきた新型機に、グラーダーは歯が立たなかったのです。

 重騎士を蹴散らしていたのは、「ネスリンA」と名付けられた軽戦闘機でした。

 くるくると飛び回り、速度も速いネスリンと、遅くて重いグラーダーの空戦は、まるで狼が羊を追い回すようであったと言います。

 装甲だらけの重戦闘機はもう過去のもの。これからは軽戦闘機の時代でした。

 そんなわけで、なんとしてでも開発局は軽戦闘機を作らないとならないのでした。



 カフェの日から数日後。英雄は格納庫に立っていました。

 ここ、エルマー空軍基地は開発局直属の重要施設。人員はすべて、食堂のおばちゃんまでもが軍内部の選び抜かれた人間です。もちろんそれは、ここが試作機や技術の試験を行なっているからであり、軍事機密が漏れないようにするためでした。

 武骨な照明に照らされて、グレーの翼が輝きます。設計士たちの休日と、開発局があの手この手で必死に集めた資金が惜しみなく注ぎ込まれた輝きでした。

 半年後のパレードで全世界にお披露目される、平和を守る最強の翼。

「F4 エボレート」の広報ビデオに映るのはもちろん、英雄に決まっていました。

 格納庫の扉が開き、プロペラが回り、エボレートは大空を舞います。あるときは蝶のように、かと思えば蜂のように、新型機は期待通りに踊ります。

 誰もが間違いなく世界一の機体だと認めざるを得ない、そんなダンスはしっかりとフィルムに記録されたのでした。



「どうだったね。わが最新鋭機は」


 撮影の後、軍のお偉いさんが英雄に尋ねました。


「素晴らしかったです。今までの戦闘機とは、運動性も速度も桁違いだ」


「はっはっは、そうかそうか」


「ええ。しかし……」


 お偉いさんはどうした?と顔を曇らせます。


「わたしはこれ以上、人々を騙したくないのです」


 ——実は、英雄には秘密がありました。彼は本当は、一度も戦ったことなんてないのです。なんなら、戦場に行ったことすらありません。

 操縦技術はとても優れているものの、戦闘のセンスが絶望的だったのです。

 彼は一度空軍をクビになりかけましたが、彼の操縦と顔を気に入ったお偉いさんが、半ば無理やり広報部へと連れていきました。貧乏な家族を養うために空軍に入った彼と、戦時国債を国民にもっと買ってもらいたい軍の思惑はぴったり一致し、こうして偽りの英雄は生まれたのでした。

 彼だって、騙したくて英雄を演じているわけではありません。貧しい母と、まだ幼い妹のためです。そして、戦争が終わったらひっそりと、表舞台から消えようと思っていたのです。

 しかし、世間がそれを許しませんでした。英雄はあらゆるメディアで神格化され、誰もが彼を尊敬し、愛していたのです。

 その眼差しは彼の良心を、ぐりぐりと抉り続けていました。


「ふむ。君の思いはよくわかった」


 お偉いさんは目を閉じて、うんうんと頷きました。


「それでは……!」「だが」


 片手で英雄の肩を掴み、お偉いさんは言います。


「君の仕事は国民へ希望を与えることだ。それが真実かどうかは関係ない」


 傍らで翼を休める、新型のを一瞥して、それからこう続けました。


「こいつだって、機銃はダミーだしな。弾すら積めやしない」





(平和にぴったりの戦闘機 おわり)

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