11.小籠包は熱い
リハーサルは無事終わり、心地よい疲労感と充足感を得ながら、昴は現場を後にする。そのあとは特に仕事も無く、さてどうしたものかと、とりあえずスマホを見た。
「おっ」
スマホの画面に映る通知に、昴は目を見開く。通話アプリを開いてチャットを見ると、相手の名前の欄に「堅物女」と書かれていた。
『前に話してた田内の本 あったけど どうする?』
飾り気や可愛らしさなど微塵も無い、小夜子の簡潔な文字列を見て、昴は文字をゆっくり打ち込む。
『じゃあメシ食いがてら貰うわ。今日はどこの気分?』
すると、すぐに返事がくる。小夜子は、こちらが急かされているのではと思うほど、返事が早かった。
『中華かな』
「中華ね」
昴はふ、と笑みを浮かべる。勿論いい店に心当たりがあり、その店のマップをチャットで貼り付けると、昴はそこに向かってゆっくりと歩き始めた。
小夜子とはひと悶着あったが、結局の所友人という関係に落ち着き、時たま食事に付き合ってもらったり、田内関連でいい本があったら教えてもらったりと、それなりにいい関係を築けていた。
昴にとって〝女〟の友達というのは初めてで、普段なら深い関わりには必ずその先があったので戸惑いはあった。だが、小夜子は良くも悪くも女らしさに執着しておらず、意外にもさっぱりとした関係を構築出来ていた。
とはいえ不思議な感覚は抜けなかったが、昴はそれすらも楽しんでいた。
「はぁ~」
「何、辛気臭い溜息吐いて。……あつっ!」
目の前でしんどそうに溜息を吐く昴に問いかけながら、小夜子は恐る恐るれんげで掬った小籠包を口に運ぶと、熱そうに目を瞑った。
「いやー別に、そんなんじゃないけどさ。今日も朝から撮影、撮影、撮影で疲れてんのよ。そんな友達を労わるとかさ、そういう気持ちは無いわけ?」
「へー、そんなに忙しいの?」
「そりゃ、アホほど長いドラマシリーズですから。やることはいっぱいよ」
「ふーん」
「おい、興味なさげな返事やめろよ」
昴は眉を寄せながら、酢豚を口に運ぶ。やはりこの店はアタリだ、古き良き佇まいもさることながら、いつ食べても変わることのない、本格的な中華料理を出してくれる。
「今はまだましな方で、本番の撮影なんて始まったら、もう撮影して寝るだけの日々が始まるし、今の内に余暇を楽しんどかなきゃ」
「よく知らないけど、撮影ってそんなに大変なのね」
「そうだよ、俺だってこんな不真面目な見た目してっけど、色々苦労してんのよ?」
理解してくれと言わんばかりの昴に、小夜子は苦笑を浮かべる。
「はいはい、頑張ってるのね」
「なんだよ、ガキみたいに扱いやがって」
半笑いの労わりでは不満なようで、昴は子供のようにむくれる。小夜子は可笑しそうに口の中で笑うと、ふと思い出したように、鞄から何かを取り出した。
「ああそうだ、本題を忘れてた。はいこれ、この前話した本」
蓬丘書店の紙袋に包まれた一冊の本を、昴に渡す。昴は箸を置いてそれを受け取ると、紙袋を開いた。別に昴が頼んでいるわけではないのだが、小夜子は勝手に田内に関する本を探しては、時折昴に教えてくれるのだ。
「ふーむ……うっ」
これまた分厚い本のページを開くと、美味しい中華に舌鼓を打ち綻んでいた顔が、一気に歪んだ。
「えっ、何。喉でも詰まらせた?」
「……あのさあ、これ、冗談とかじゃなく、マジのお願いなんだけど」
「な、なに急に」
「金払うから、この本朗読してくんね?」
「は?」
呻き声をあげたかと思えば、急に真面目な表情になり、小夜子は身構えていたが、あまりに突拍子の無い提案に、小夜子は怪訝な顔をした。
「こんな分厚くて文字のちっちゃい本、いちいち読んでられないんだよ。一ページ読むだけで日が暮れるわ!」
「何言ってんの、この前渡した本よりもずっと読みやすいし、厚さもあれよりはましだけど」
「本の虫から目線やめろって、俺からしたら同じだっつの!」
「えぇ、そうかな……?」
小夜子はあまり納得がいっていない様子だが、その後手をぽんと叩いた。
「じゃあ、この前も話したけど、文字を読むのが苦痛なら、オーディオブックを試したらいいんじゃない?」
すると、昴の顔がまた更に歪んだ。
「今度は何よ、今度は!」
「……そりゃあ、俺だって考えたよ。でも、そのナレーションを担当してたのが、俺の嫌いな俳優の先輩だから、聞きたくなかったんだよ!」
「はぁ、なにそれ?」
昴は事情をかくかくしかじか説明すると、小夜子は呆れた顔をした。
「気持ちは分からないでもないけど、自業自得じゃない?」
「……うぐ」
「でも、長く芸能界にいる人なら、学べることも沢山あるでしょ。食わず嫌いせずに、一旦聞いてみたら?」
玲奈と同じことを言われてしまい、昴は顔を顰めて、抵抗の意思を露わにした。
「いくら本人の事が嫌いでも、演技を尊敬していたら、そりゃ勉強の為に聞くよ。でも、あの人のこと、別に尊敬してないからな」
「……頑固だこと」
「なんとでも言えよ。……それで、いくらなら朗読してくれる?」
「やるわけないでしょうが!」
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