3.本屋の地味な女店員

 通りにある本屋に足を踏み入れると、昴はふぅと息を吐いた。

(つっても、俺って台本以外の活字読めないんだよなー)

 本屋に寄ると言ったのは、マネージャーからの小言から逃れたいあまりに口から出た方便で、実際に本を買うつもりなど、まるで無かった。

「まあ言ってしまった以上、一応それっぽいものを探すか……」

 独り言を呟いて、入口を見渡す。広い店内には、当たり前だが本棚がずらりと並んでおり、どこに目当ての本があるのか、辺りを見渡す。よく見れば案内板があり、その案内に沿って奥の歴史コーナーに早足で向かう。

(おっ、けっこう種類あんじゃん)

 ここは歴史に関する本が充実しているのか、コーナーに置かれた冊数は思ったより多く、昴は背表紙を覗き込む。

 田内の名前が無いか、一列ずつゆっくりと確認していくが、次第に昴の表情が曇っていった。

(……田内の本、無くね?)

 昴は首を傾げた。

 今作の主人公である岡野貞宗は、元からそれなりに知名度がある為、何冊か本が置かれているが、その部下である田内の名前の付く本は、一冊も無かった。

 よく考えてみれば、主役を張れるエピソードを持つ岡野よりも、田内は知名度も人気も低く、その為昴というインパクトの強い役者を必要とされたという事情があるくらいだ。大型書店でも無い本屋に、彼に関する書籍がぽんと置かれているわけも無かった。

 眉をひそめて、見落としが無いかもう一度探していると、先ほどまで静かだったはずの、昴の周りの客が、ざわざわと落ち着きを失い始めた。

 皆、昴の方をちらちらと見て、仲間内で耳打ちをしたり、好奇の眼差しを受けている。顔が殆ど見えないよう、きっちりと変装をしている為、ばれてしまっているかは分からないが、昴が醸し出す、常人ならざる雰囲気が、周りをざわつかせているようだ。

 だが、昴はそれに気づくことは無く、じっと本棚を見つめ続けていると。

「……あの、もしかして何かお探しですか?」

 突然、低い女性の声が聞こえてきて、昴は振り返る。そこには、店員らしきエプロンを身に着けて、黒髪をポニーテールにした女性がこちらの様子を伺っていた。

 昴はその女性を見た瞬間、なんて地味な女だ、と失礼ながら率直に思った。化粧っ気も無ければお洒落に興味があるわけでも無さそうで、にこやかな笑顔も見せる訳でも無い。

 せめて笑顔を見せればもう少し可愛げがあるだろうに、とぼんやり考えていると、女性は怪訝な顔をした。

「……あの?」

 じろじろと見つめてくるばかりで何も話さない昴を怪しんでいる様子で、あっと我に返ると、へらりと笑った。

「あー、すいません。実は俺、田内景親に関する本を探しているんですけど、どこかにあったりします?」

「……田内景親の、ですか?」

 女性は、風貌からしてチャラチャラしている昴から、田内の名前が出て来るとは思わなかったのか、驚いた様子で問いかけた。

「そうそう。で、あります?」

「えっと……田内景親に対する本は、うちには置いてないんです。申し訳ありません」

 本当に申し訳なさそうに頭を下げられて、昴は少し困った顔をした。

「そうなんすね。あー、どうしよっかな……」

 マネージャーに本を買ってくると言って待たせている手前、何も買わずに帰ったら次はどんな小言を言われるか分からない。さてどうしたものか、と考えていた時、女性の店員がおずおずと聞いて来た。

「もしよろしければ、本を取り寄せることも出来ます。ただし、一週間ほど掛かってしまいますが……」

(……うーん)

 正直、そんなに時間をかけて取り寄せてもらうくらいなら、通販で買う方が早いような気もするが、とも思ったが、折角提案してもらったのに無下にするのも悪いような気がして、一瞬悩んだ後、マスク越しでも分かるような笑顔を作った。

「あっ、まじっすか? じゃあお願いしようかな~」

 すると、女性の表情がほんのり明るくなって、こういう可愛らしい顔も出来るんだなぁとまた失礼ながらに思った。


 その後、手続きをする為に名前を聞かれた時、昴は少し目を丸くしつつ、別に本名でも良かったのだが、なんとなく興が乗って、芸名を答えた。

「えーっと、お名前は、にのかみ……すばるさん。漢字はこれで合ってますか?」

「あ、ハイ。大丈夫です」

「はい、では一週間後にお越しください」

「あざっす、必ず来ます」

 そういうと、女性は口元にほんの少しの笑みを浮かべて、頭を下げて昴を見送ってくれた。

 店を出た後、昴はふと立ち止まり、何かを考えているように空を見上げる。そして、

「俺の知名度もまだまだ、だな」

 と、寂しそうに笑って、ぽつりと呟いた。


 一方、本屋の店員の女性は、昴の接客を終えた後、次の業務に入ろうとすると、高校生らしき女性に、突然肩を掴まれた。

「わっ! なに、どうしたの宮倉さん」

 その子はバイトの宮倉で、わなわなと震えながら、恐る恐る聞いてきた。

「小夜子さん……今のって、ニノ上昴ですよね⁉」

「え、さっきそう名乗ってたけど……あのね宮倉さん、お客様は呼び捨てしたら駄目だよ」

「いやいや、そうじゃなくって! そう名乗ったってことは、あの、本物の俳優のニノ上昴ですよね⁉」

「……?」

 小夜子と呼ばれた女性は、何故バイトの宮倉がこんなにテンションを上げているのか分からず、困惑する。すると、宮倉は恐ろしいものを見るような目で、小夜子を見た。

「小夜子さん、もしかしてニノ上昴知らないんですか? えっヤバ! 今、超絶人気の俳優さんなんですよ、この前、あの歴史ドラマシリーズの最新作に出演も決定したほどの!」

「えぇ、あの人がぁ?」

 小夜子には、昴がそんな絶大な人気がある俳優には見えず、ただの気のいい兄ちゃんのようにしか思えなかったのか、宮倉に疑いの眼差しを向けた。

  

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