2.ニノ上昴という男

 時は遡る事、二年前。

「続いては、田内景親を演じる、二ノ上昴さんにお話を聞かせていただきます」

 静かだが、どこか張り詰めた空気。おびただしい程のカメラが自分に向けられ、その向こうから覗く人々の好奇の眼差しが、今からどんなことを言うのか、どんな表情をするのかを見張られている感覚が身体にまとわりつく。

「二ノ上昴です、よろしくお願いします」

 常人なら怖気づいても仕方ないが、それでも昴は、とびきりの微笑を浮かべてやった。

 進行の女性はほんのり表情を柔らかくすると、耳に馴染む声で問いかけた。

「今回、歴史ドラマシリーズの最新作『開け徒花』で主役の岡野貞宗を支える、田内景親役を演じられますが、この作品のお話をいただいた時はどういう心境でしたか?」

「そうですね、皆さんから長く愛されている歴史ドラマシリーズで、こうして役を演じられるというのはとても光栄な事ですし、これから俳優としてキャリアを積む中で、これほど勉強になる現場というのも中々無いと思いますので、今から撮影が楽しみです」

「なるほど、私共も大変楽しみにしております。では次に、二ノ上さんが演じられる田内景親についてお聞きします。田内はとても真面目で、少々頑固なきらいがある青年という役柄ですが、二ノ上さんはそういったキャラクターと、ご自身のキャラクターを比べられてどう考えられますか?」

 昴の瞼が、びくりと動いた。他の俳優も同時に表情を変える。だが、さすが役者で、全員が一瞬にして元のにこやかな表情に戻った。

 質問自体は曖昧だが、進行役の女性が、昴から何を引き出したいのかはだれが見ても分かる。

(あ~クソ、めんどくせぇ。せめてこういうお堅い現場くらいはそういうの弁えろよ)

 昴はにこやかな笑顔のまま、胸中でそう吐き捨てると、すっと口元にマイクを向けた。

「えーっと、もしかしてなんですけど、僕のチャラいキャラと比較しておっしゃられてます?」

 すると、辺りでクスクスと押し殺した笑い声が聞こえるようになった。

「まあ確かに、僕の性格と今回演じる田内は、真逆と言ってもいいくらい性格が違いますけど、そういった自分の性格とかけ離れたキャラクターは、何度も演じてきているので、不安とかは無いですね。むしろ、今度はどんな人物を演じられるんだろうというワクワクの方が勝っています。ですが、僕は頭が良くないので、田内まで馬鹿っぽく見られないかだけ、ちょっと心配していますね」

 笑い混じりに言えば、記者たちからまた小さく笑みが零れた。

 質問を答え終えた昴は、隣に座る俳優の面々にほんの少しだけ目を向けると、心の中で冷笑を浮かべた。

(おいおい、目が笑ってねぇよ。それでも役者か?)

 皆一様に美しいスマイルを顔に張り付けているが、昴が必要以上に目立っているのを良く思っていないのが、彼らの醸し出す雰囲気から、ありありと伝わって来た。皆、主演でもないのに、バラエティでもてはやされているだけの若造がでしゃばるなと言いたげだ。

(そんなに俺の知名度が妬ましいなら、バラエティで笑いの一つでも取ってみてからそんな顔しろよ。どいつもこいつも、お高くとまってばかりいるからダメなんだって)

 胸中で悪態をつくだけつくと、昴は隣に座る女優の話を聞いている風の仕草をしながら、彼らに負けないくらいのスマイルを浮かべた。


 記者会見が終わり、次の現場へ移動中の車内。

 昴は後部座席でだらだらとスマホを見ていたが、車が赤信号で止まると、運転席でハンドルを握るマネージャーが、ミラー越しに眼差しを向けた。

「昴、あれから田内について色々と調べてみたか?」

「いや別にー?」

「別にって……ちゃんと調べておけって言っていただろ」

 マネージャーは表情を厳しくしたが、昴は気にも留めていない様子で、スマホを弄りながら言った。

「あのさー、俺前も言ったけど、役作りする時は、誰かから与えられた情報よりも、台本を読んで、自分がそのキャラをどう解釈したかを大事にしてるわけよ。俺が感じたそのままを演じたいの。分かる?」

 それっぽいことを言ったが、マネージャーは騙されないとばかりに、寄せられた眉間のシワが更に深くなった。

「お前はただ下調べが面倒なだけだろう。昴は演技力があるから、今までならそれでも良かったが、今回の役は架空のキャラクターではなく、元となる人物が居るんだ。下調べをしないと細かい人間に突かれるぞ。それに、今回の現場は一人で主役を張れるベテラン俳優がわんさかいる上に、監督は気難しいで有名な、あの木村監督だ。力を見せる為には、きちんとした下調べが重要じゃないのか?」

 信号が青になり、車はゆっくりと走り出す。昴は細く溜息を吐くと、面倒くさそうに呟いた。

「あー……じゃあさ、ここの通りに本屋があんじゃん。そこの近くでちょっと降ろしてよ、なんかいい本無いか見に行ってみるからさ」

「今からか?」

「そ、そ。次の現場までまだ時間あるしさ、ちょっと行ってくるわ」

「……分かった、ちゃんと変装しろよ」

「わーってるって。んじゃ行ってきまーす」

 路肩に車が停められて、座席に放置されていたマスクと帽子、色付き眼鏡で変装すると、昴は勢いよく車から飛び降りた。

  

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