第五話 偽りの使命感

 その後は夕立があって、僕たちは止むまで校舎へと避難した。

 熱帯地方のスコールを思わせる激しい雨だった。

 「その人」と待ち合わせをした五階建ての校舎の屋上にも水たまりが残った。

 屋上に行った僕は、間宮には隠れているように指示した。

「やっぱり……気付いてたんですね」

 その人――綾瀬七美は約束通り校舎の屋上へとやって来た。

「最初会った時に、犯人だとは分かった。でも……動機が分からなかった」

 僕が初めて見た時、彼女は『裁き』だと繰り返していた。その意味が分からなかった。

「それで? 私が数多の動物を手に掛け、とうとう人間まで殺した動機を教えてくれます?」

「ふざけるのはよした方がいい。君は動物を一匹も殺していない――動物を殺したのは山崎さんだ」

 そう――これまでの彼の知人への質問は、その確信を得るためだった。

 彼女はクスリと笑った。ぞくりとするような残酷な笑みだった。

「そうかあ……やっぱり同じ『目』を持つ人には分かっちゃうか。皆、同じ手口だから連続だと思ってるのに。でも、同じ目を持つ人だけは姿が変わらないなんてあの時まで知らなかったわ」

「君は『目』の力で、動物殺しの犯人が山崎さんだと知った。そして、近い将来人間を手に掛けるだろうと思った」

「あらあら、『思った』じゃないでしょ? この目は嘘をつかない。いえ、つけない。だから、あの男が殺したいと思っているのが見えればそれは現実となる――止めない限りは」

 だから、殺した。

「それで殺人が正当化される訳じゃない。『裁き』なんて幻想だ」

「どうして? どうしてそう思うの?」

 彼女が僕に迫ってくる。僕の内側をのぞき込もうとしている。

「そう、辛い目をしたのね……でも、もう大丈夫。私と一緒に神の裁きを与え――」

「だから、そんなの幻想だ!」

 語気を強めると彼女は一歩後ずさった。

「違う! この力は神から与えられた物! この力をもって裁くのは神に与えられた使命なの!」

「神様はそんな使命与えてくれない! 勝手にそう思い込んでいるだけだ!」

 そう思いながらも、どこかで揺らぐ自分を感じた。もしそうだったら、どれだけいいことだろうか。

「じゃあ、連続殺人犯になるのを見過ごせって言うの!? 私は神に代わって罪深い人間がこれ以上の罪を重ねるのを止めたのよ!」

「殺人を正当化するのはよせ! どんなに綺麗な言葉で言っても人殺しは人殺しだ!」

「嘘! 私は――」

 その時、僕の「目」には彼女の姿が変わって見えた。今まで捉えきれなかった彼女の本当の姿が……

「どう……したの?」

 彼女も僕の異変に気付いたようだ。

「君の本当の姿が見えた」

「嘘! 力を持った者同士は、変わらないんじゃなかったの?」

 僕は言うべきか迷った。

「何に……何に見えるの?」

「……悪魔に、見える」

「そんな……嘘」

 彼女は大きく後ずさった。

 その時、彼女の目が水たまりに向いて、小さな悲鳴を上げた。

 見えたのだろう。水たまりに映った自分の姿――悪魔の姿が。

「違う! こんなの、私じゃない! 違う違う違う――」

 彼女はどんどん後ずさっていく。屋上の淵、低い柵に体がぶつかる。

「お、おい……やめ――」

 止めようとした時には遅かった。

 彼女はそのまま後ずさりして、屋上から落ちた。

 その様子はスローモーションのようにゆっくりと見えた。

「あっ! くそっ!」

 隠れていた間宮が出てきて落ちた所の柵に駆け寄った。

 僕はその後ろからよろよろと近付く。

 地面には頭部から落ちていった彼女の体が横たわっており、血だまりができるところだった。

 五階の屋上で頭から落ちた――助からないことは明白だった。

「くそっ! 行くぞ! ここに居たら怪しまれる!」

 間宮に引っ張られるまま僕はその場を後にした。


「結局、僕は彼女と同じだったのかもしれない」

 アパートの自分の部屋で、僕は間宮にそう言った。

「力を使って……最終的には死に追いやった。鏡に映る自分の姿はまだ変わらないけど、本性が悪魔なのは同じかもしれない」

「いや、それは違う」

 間宮はハッキリとそう言った。

「あいつは……綾瀬は悲しんだりしなかった。お前は、相手のことを悲しむ心を持っている」

「心、か……」

 窓を開けると、生ぬるい風が頬を撫でた。今年の夏はけだるそうだと思った。

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