第55話 昔の話④

 テレサの金髪が夜風に吹かれて微かに揺れ動いた。


「パパとママの力がなければあの成功は有り得ませんでした。私は言われたことを言われた通りにやっただけです。子役としての私は、パパとママが用意した舞台で踊る着飾られた操り人形でしかなかったんです」


「そんなことないんじゃないか?」


 俺が口を挟むと、テレサはこちらに顔を向けてきた。


「親が子供に愛情を注ぐように、子供だって親に褒められたくて背伸びをする。言われたことをやってただけって言うけど、ただそれだけじゃなくて、両親に喜んでもらいたいって気持ちもあったんじゃないか?」


「……はい」


「言われたことをやるにしても動機が必要だ。言われたから仕方なくやってただけじゃあんなにたくさんの人たちを感動させることはできなかったはずだ。テレサのことだ。きっと両親だけじゃなくて、関係者やファンの人たちも喜ばせたいって気持ちもあって、必死に頑張ってたんじゃないか?」


 テレサは面食らったように目を見開いた。


「受動的にやっただけで結果が出るほど世の中は甘くない。当時は忙しすぎて自分を顧みる余裕がなかったから気付けなかっただけで、どうやったら良い結果が出せるか、ちゃんと考えながら努力をしてたはずだ。その懸命な姿に多くの人たちが胸を打たれたから伝説の子役になれたんだ。両親の力がどんなにすごくても実力が伴わなかったら評価はされない。有利にはなるだろうけど、鳴かず飛ばずの二世タレントなんて山ほどいるしな。子役としての成功はテレサの力も合わさっての結果だよ……空っぽなんかじゃない」


 掛け値なしの本音だった。群を抜く偉業を成し遂げるには確固たる意志力が必要だ。そこから能動的な行動力と最大限の努力が生まれ、度重なる失敗にも折れない精神力が形成され、試行錯誤の果てに成功を見出していく。昔読んだ何かの本の受け売りだ。何も成し遂げていない俺が言えた義理ではないが、テレサには当て嵌まっている。


 過去を悲観的に捉えているせいで気付けていないようだから言ってみたが、正直どう捉えられるか不安だった。偉そうに聞こえたかもしれない。弱ってる女子に説教臭かったかもしれない。こういうムーブを女子は嫌うと聞いたことがある。


 俺はどぎまぎしながらテレサの反応を恐る恐る窺い、ぎょっとした。


 テレサが泣いていたからだ。


「ど、どうしたんだ!? やっぱり俺面倒臭いムーブかましちゃってたか!?」


「違います。そうじゃないんです……太一くんにそう思われてたことが嬉しくて……」


「お、俺だけじゃないぞ! ファンの人たちもみんなそう思ったからこそ一世を風靡することができたんだぞ! テレサはもっと自分に自信を持ったほうがいい! 運良く恵まれた環境に生まれたのに胡坐をかいて堕落していくボンボンも世の中にはたくさんいるんだ。そんな中で必死に努力して結果を出したテレサは偉い! さすがは俺の初恋の子だ! 何つって!」


 何か余計なことも口走ってしまったような気がするが、今の俺に自分を顧みる余裕はなかった。いきなり女子に泣かれたら混乱するに決まっている。こちとらお手々を繋いだことがある異性は梓とおふくろだけという生粋の純潔ボーイだ。ピンチに陥った女子を華麗に助けるシチュエーションは死ぬほど妄想してきたからチャラ男たちを相手に威勢の良い啖呵を切ることができたが、泣いてる女子を慰めるなんて高度なシミュレーションは一度もしたことがない。そういうところだぞってこういうことを言うのか。余計なお世話だよ!


「太一くんに言われてはっとしました……私、自分を卑下しすぎていたのかもしれません」


「そ、そうだろ? テレサは自己評価が低すぎるんだよ。もっと自分を誇っていい。それだけのことを成し遂げたんだから。でも行き過ぎて偉そうになったらダメだぞ。テレサは大丈夫だろうけど」


「肝に銘じておきます」


「いやいやそこまでしなくても……って、テレサがVtuberになろうとした理由を訊いたはずなのに脱線しちゃったな」


「いえそんな。励ましてくれてありがとうございます。おかげで気持ちが楽になりました……本当に……」


 テレサは胸に手を添えた。心なしか顔色もすっきりしている。不快に思われなくて良かった。


「私がVtuberになったのは、前に話した理由に加えて、顔を隠すことができるからです。顔を出せばどこへ行っても過去が付いて回って来ます。パパとママの力を借りずに、過去の栄光に頼らずに、一から自分の力で何かをするには顔を隠せるVtuberは望みに叶っていました。人を癒したいって気持ちも本当です。思い返してみると、私の演技に励まされたって人からお手紙を貰って嬉しかったのが原点かもしれません……あの時は気付けなかったけど、本当は私、演じることが好きだからVtuberに心魅力を感じたのかもしれません……」


「忙しいと心の余裕が無くなって悪い方向に考えがちになっちゃうからな。俺も経験あるよ。100日連続動画投稿の時に良いネタが思い付かなくて間に合わせで苦し紛れの訳の分からない動画を上げてファンに迷走してるって言われたことがあるよ」


「〈鷹の鳴き真似をしてゴミを漁る鴉を追い払ってみた〉ですか?」


「今のでよく分かったな!?」


 古参ガチ勢は伊達じゃないなマジで。結局動画では追い払うどころか「何してんだこいつ?」みたいな顔で鴉と近所の人に見られ、通りすがりの鳩が落とした糞が頭の上に直撃するという、色々取っ散らかったカオスな内容になってしまった。近所迷惑だ、と低評価爆撃されたのも今では懐かしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る