第54話 昔の話③

「パパの実家で良くしてもらったおかげで気持ちが楽になって、元通り声が出せるようになりました。きっと仕事をしたくない一心で声が出せなくなってたんだと思います。その仕事から解放されたら治るのは自然な流れですよね」


「でも今はお父さんの実家じゃなくて別で暮らしてるよな? あのマンションにはお母さんと住んでるんだろ?」


「はい。ママはパパにこっ酷く怒られたのがショックだったみたいで、こっちに来てからはしばらく塞ぎ込んだ生活をしてました。そんなママを見ていられなくなって一緒に暮らそうって言ったんです。夢を壊した私を憎んでるんじゃないかなって、正直恐かったんですけど、ママはママで一人になってる間に思うところがあったみたいで、許してほしいって謝ってくれました」


「お母さん反省したんだな。怒ったお父さんがそれだけ恐かったんだろうな」


「パパがママを怒った時、私は護衛の人と車の中にいたんですけど、パパの怒鳴り声がはっきりと聞こえてきました」


「そ、そうだったんだ」


 身から出た錆が原因とはいえ、テレサの母親に同情してしまう。


「そんなママも今は新しい人生を生きてます。胸が大きい女性の悩みを解消するのを理念にしたアパレルブランドを日本で立ち上げて、経営者として忙しい日々を過ごしてます」


「もしかしてテレサが着てる服って……」


「ママの会社の物です。サンプルがいっぱい届くのでありがたく着させてもらってます。ママは私にブランドのモデルをやってもらいたいみたいですけど、やんわりと断ってます。パパのことがあってママも無理強いをしてこないので今は自由に過ごしてます」


 テレサは笑った。胸が大きい人は何を着ても太って見えるのが悩みだと聞いたことがあるが、テレサの着ている服は胸の部分にゆとりがありながらも腰回りが細くなっており、体の線が浮き彫りになるデザインが多い。ただでさえ大きい胸がより強調されたように見えることから印象に残っていたが、そういうことだったのか。


「なるほど、テレサのお母さんも胸が大きいから似たような悩みを持ってる人に寄り添った商売を思い付くことができたんだな」


「何で私のママの胸が大きいって分かるんですか?」


「そ、それについては後日弁明するよ……」


 テレサが心を開いて身の上話をしてくれているのに、実は家に忍び込んで写真を見たから知ったんだと言えば空気がぶち壊しになってしまう。謝る時にきちんと説明しよう。


「ちょっとした疑問なんだけど、せっかく普通の生活をしてたのに何でインスタをやってるんだ?」


 顔バレから身バレに繋がったのはネットの有志にインスタのアカウントを発見されたのが原因だ。フォロワー数は桁違いで影響力も世界規模だ。普通に生活したいにしては矛盾している。


「あのアカウントはママが使ってるんです。私を復帰させるつもりはもうないみたいですけど、このまま忘れ去られるのも嫌みたいで、根強いファンの人たち向けに今の私を見せて安心させたいって言い出したんです。私もファンの人たちに申し訳ない気持ちがあったので許可したんですけど、フォロワー数があんなすごいことになってるなんて知りませんでした」


「なるほど、そういうことだったのか」


 テレサらしくないとは思っていたが、話を聞けば納得だ。写真にはテレサの母親も頻繁に写っていた。昔ほど自己顕示欲を拗らせてはいないようだが、その辺りに名残がある。


「パパは今の事業が上手くいってるみたいで、世界中を飛び回っています。私を実家に預けたのも今は忙しくて傍にいられない、事業拡大に伴って増えた敵から遠ざけるためもありました。ママは昔のことを反省してパパに謝りたいって言ってます。私はその助けになりたくてママと一緒に暮らしてるんです。今はずっと擦れ違った生活をしてますけど、いつかまた三人で会って話をしたい。ちゃんとした家族になりたい。そう思ってたんですけど……」


「今回の騒動で予定が狂ったってことか」


 テレサの存在は世に知れ渡ってしまった。忽然と姿を消した伝説的な子役が、海外進出も果たして時代の波に乗りに乗っている存在、Vtuberとしてデビューを飾った。身バレさえしていなければ今頃は界隈の片隅でひっそりと活動ができていたはずだが、こうなってしまってはそれも難しい。


「そもそも何でVtuberになろうって思ったんだ?」


 テレサは演じることに疲れて女優業を引退したはずだ。過去の栄光に浴する道を選ぶつもりもなく、超が付く大金持ちで何もしていなくても生活に不自由することはない安泰の身だ。何かを新しく始めるにしてもVtuberを選んだ理由が分からない。


「私は、自分の決断で何かをしたことがないんです」


 テレサは言った。生まれた時から母親に言われた通りの人生を生きてきた。過労で倒れたのを契機に女優業を引退し、望み通りの普通の生活を送ることができるようになったが、ある日自分が空っぽであることに気付いたという。


「パパは身一つでアメリカに渡って、何もないところから事業を興して一代で財を成しました。ママは女優の夢こそ叶いませんでしたが、今は一つのアイデアを元に立ち上げたアパレルブランドを経営しています。私は子役として成功はしましたが、両親が敷いたレールの上を進んでいただけに過ぎません」

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