第50話 襲来
訊きたいことは山のようにあるが、こんな大騒動に発展してしまった直後だ。複雑な心境になっているであろうテレサにあれこれ訊くのは躊躇われる。俺は伸びをしてから花畑を見渡した。
「この場所に何か思い入れでもあるのか?」
訊ねると、テレサがちらりと目を向けてきた。
「はい。引っ越す前の下見でこの町に来た時に寄ったんですけど、長閑な景色が気に入りまして。それからたまに散歩しに来てます」
「良いよな、ここ。俺も子供の頃よく来てたんだ。少し前にも一度来たけど、この時間にここを見るのは初めてだから何か新鮮だよ」
照明に照らされた花畑は幻想的な雰囲気を醸している。昼と夜とでは見える景色がこんなに違うんだな。
「知ってましたか? 私たち一度ここで会ってるんですよ?」
「えっ、そうだったっけ!?」
「正確には私がたまたま見掛けただけなんですけどね。あの時の太一くん、くたくたになるまで団扇で風車を仰いでたから何してるんだろうなって思いながら見てました」
「なるほどそういう……恥ずかしいところを見られてたんだな」
俺は両手で顔を覆った。まさかYouTuberを始めたばかりの頃を見られていたとは。あの時は下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの精神で思い付いたネタを片っ端から動画に収めていた。団扇の動画を含むボツにした動画は投稿した数を上回っている。我ながらよくめげなかったものだ。
「その後で調べたら太一くんがYouTuberだって分かったので、それから動画を観るようになったんです」
「よ、よくそのワンシーンで俺に興味を持ってくれたな」
傍目から見れば奇行に走ってる不審者でしかない。ポジティブ太一の古参ガチ勢をやっていたことからも、テレサが変わり者なのは分かっていたが、こうして知り合った後でもその感性は謎に包まれたままだ。
「……何も訊かないんですね」
テレサは申し訳なさそうに視線を落とした。今回の騒動の件を言っているのだろう。俺は背もたれに背中を預け、照明を浴びている風車小屋を見上げた。
「誰にでも言いたくないことや訊かれたくないことはあるだろ? もちろん訊きたいことはたくさんあるけど、それは今じゃなくていいし、話したくないことは言わなくていいよ……テレサが見付かって本当に良かった」
今日はテレサの無事を確認できただけで満足だ。俺は梓と照康にテレサ発見の旨と居場所をメッセージで伝え、スマホをポケットに仕舞い込んだ。
「太一くん、私――」
「て、てめえ、やっと追い付いたぞ……!」
テレサの言葉を遮るように誰かが言った。
振り向くと、そこには息も絶え絶えに肩を上下させている三人組の男が立っていた。
「た、たまたま歩いてたら忘れもしねえお前の顔を見掛けたからよ! これは復讐のチャンスだと思って尾けてきたはいいけど、途中で見失ってそれから探し回ってやっと見付けたと思ったらこんな遠くまで行きやがって! おかげで足がパンパンになっちまったじゃねえか!」
先頭に立っているチャラ男が呼吸を乱しながら捲し立ててきた。俺とテレサは顔を見合わせた。
「太一くんの知り合いですか?」
「まさか。誰かと勘違いしてるんじゃないか?」
「惚けんじゃねえ! てめえには駅の時計台でお世話になっただろうが! そのお礼参りをしなきゃこっちの気が済まねえんだよ!」
「時計台……」
その一言で思い出した。オフ会の待ち合わせの時にテレサをしつこくナンパしていたあのチャラ男だ。慣れない威圧的な態度を取って追い払ったはいいものの、あの一件をずっと根に持ってただけでなく、仕返しするためにわざわざここまで俺を追ってきたのか。他にやることないのかよ。
「太一くん……」
テレサは不安そうに俺の袖を握ってきた。俺はテレサの手を握ってから席を立ち、背中にテレサを庇いながらチャラ男を睨み付けた。
「よく見ればあの時の女もいるじゃねえか! さてはてめえら最初からグルで俺を虚仮にするために仕込んでやがったんだな!?」
「何でお前のためにそんな手の込んだことをしなくちゃならないんだよ」
「うるせえ! 本当はお前をボコれれば満足だったけどよ! その女もいるなら話は別だ! 悩殺ダイナマイトボディをたっぷり可愛がってやるぜ!」
「言い方すげー気になるけどやっぱりそう来たか! テレサ逃げろ! 俺はこいつらを足止めする! この戦いが終わったら結婚しよう!」
「そんな冗談言ってる場合じゃないですよ!」
「いいから早く逃げて警察に通報してくれ!」
俺はアクション映画を参考にした見様見真似の拳法の構えを取った。
「さっさとかかって来い! お前らの目的は俺なんだろ!? 俺をボコろうってんなら相応の覚悟を決めておくことだな! 半殺しにされる前に必ず1人は道連れに仕留めてやるぜ!」
カンフー映画のワンシーンのように手招きすると、チャラ男の背後に控えていた2人が「捻り潰してくれるわ!」と叫びながら襲い掛かってきた。
単身で複数を相手にして勝つのは無理だ。俺は掴まれないように距離を取りながら3人を牽制した。テレサはこの隙に逃げ出し、それに気付いたチャラ男が後を追おうとしたが、俺はチャラ男の背中に跳び蹴りをかまして地面に熱いキスをさせてやった。
「や、やりやがったな! みんなやっちまえ!」
チャラ男は赤くなった鼻を押さえながら叫んだ。俺は突進してきた2人を闘牛士さながらにひらりと躱したが、坂道を駆け上がった時の疲労が祟ったのか、突然足が重くなってしまい、その場で片膝をついてしまった。
結局2人に捕まった俺は、祭壇に掲げられた生贄のように羽交い絞めにされ、チャラ男から殴る蹴るの暴行を受けた。
俺は取り押さえられてぐったりしている状態にも関わらずにニヤけてしまった。たったあれだけのことでよくもこんなに逆恨みができるものだと逆に感心してしまったのだ。その熱を他に向けることができれば何かを成し遂げられるかもしれないのに勿体ない。
「な、何だよお前、何でやられてんのにニヤついてられるんだよ」
「この距離でお前の顔を見たらあまりにも不細工だから笑っちまったんだよ。俺の拳骨で整形してやれないのが残念だぜ」
俺はチャラ男の顔面に血が混じった唾を吐き付けた。
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