第51話 バイク乗り
「もう許さねえ! こうなったらてめえが泣いて謝るまでとことん痛め付けてやるぜ!」
チャラ男は怒りで顔を赤黒くしながら拳を振り上げた。
俺は目を瞑った。
我ながら気取り過ぎた。美少女を不良から逃がす。思春期男子なら誰もが妄想するシチュエーションに直面したせいで無意識にテンションが爆上がりしてしまったようだ。アドレナリンもどばどば分泌されているのだろう。痛みをあまり感じない。こういうのは後で反動がくるのがお決まりのパターンだ。治療に一体いくらかかるのだろうか。見るからにしこたま殴られたような怪我を家族に見られたらどう言い訳をしようか。転んで怪我したじゃさすがに無理があるよな。喧嘩自慢大会の予選オーディションのマススパーでボコボコにされたとか言ってみるべきか。それはそれで許可なくそんな大会に出ようとしたことを両親に怒られてしまいそうだ。いやはやどうしたものか。というかいつになったら殴られるんだ? 時間の流れが遅くなってないか? これが走馬灯ってやつなのか? 俺ここで死ぬのか? いやいや嘘だろ? 集団暴走しているバイクの排気音が目と鼻の先で聞こえてくる。あの世の小鬼が太鼓か何かを鳴らして俺を出迎えているのだろうか。そんなわけないか。
「一体何が起きてるんだ……?」
恐る恐る目を開けてみると、果たして見知らないバイク乗りの集団が俺たちを取り囲んでいた。
「太一くん!」
密集しているバイク乗りの隙間からテレサが顔を出した。
何てことだ。他に仲間がいたのか。それでこれからテレサに寄って集ってマジックミラー的なことをしようってわけか。
「このゲス野郎! どれだけ逆恨みすれば気が済むんだよ! 俺一人のためにここまでするか普通!?」
俺はチャラ男に向かって叫んだが、チャラ男は焦り顔で周りを見渡しながら裏返った声でこう言った。
「な、何なんだよこいつら!?」
俺は耳を疑った。どうやらチャラ男の仲間ではないらしい。だとしたらこの集団は一体何なのだろうか。
「てめえらか! 太一くんに上等こいたガキってのは!?」
バイク乗り集団が左右に分かれて道を開けると、バイクのライトを背に浴びながら照康が姿を現した。
チャラ男は情けない悲鳴を上げて後退った。俺を取り押さえていた2人は俺を手放して腰を抜かした。テレサはへたり込んだ俺に涙目で縋り付いてきた。
「酷い怪我! すぐ病院に行かないと!」
「顔の怪我は男の勲章だ。これで少しは男前になっただろ?」
「映画の観すぎですよ! 私映画は嫌いなんです!」
「それを聞くだけで色々あったんだなって察しが付くよ……それよりこいつらは一体?」
「警察に通報しようとしたらあの赤い服の人にテレサさんですか? って声をかけられたんです。最初は怪しいなって思ったんですけど、太一くんの知り合いで私を探すのを手伝ってたって言うから状況を説明しました。そしたら太一くんを助けに行くって言ってくれたのでここまで案内しました」
「そうだったのか」
俺はバイク乗りたちが三人組をひっ捕らえる場面を呆然と眺めた。
「太一くん大丈夫すか!?」
照康が焦燥を露わに駆け寄ってきた。
「今は何とかな。明日になったら痛みそうだけど。それよりこいつらはお前が連れて来たのか?」
「そうっす。総長が俺のファンだって言うんで〈暴走族の総長とスパーリングした後で夢を語り合ってみた〉って動画を撮影してたんっす。太一くんがテレサさんを探してるんで協力してほしいって頼んだら仲間を集めてくれたんすよ」
「そうだったのか。お前のファンってこういう層が多そうだもんな」
「最近俺のチャンネル登録者数15万人越えましたから! それもこれも太一くんのおかげっす! テレサさんの登録者数の比にはならないっすけどね」
「テレサは異例中の異例だからな。比較対象に選ぶべきじゃない。他人と自分を比較すると幸福度が下がるって言うらしいから気にしないのが一番だぞ」
「そうっすよね! 自分は自分っすよね! さすが太一くんっす!」
「……お前何言っても元気いっぱいに全肯定してくれるじゃん」
照康が好かれる理由が分かった気がする。これだけ根明で人懐っこいと社会に出た後も上手く世渡りして行けそうだ。俺も見習わないとな。
「それだけじゃないっすよ。ここにいるみんな太一くんのファンでもあるんすから!」
照康が両腕を広げると、バイク乗りたちが口々に俺を褒め称えてきた。
「ナマハゲの動画面白かったぜ! あんた気合い入ってるよ!」
「クソ度胸パねえよ! 同じ地元民として応援してたぜ!」
「引退したのは残念だけどまた新しいことに挑戦してんだろ? カッコイイじゃねえか!」
俺はぽかんと大口を開けた。ポジティブ太一のファン層ってこんなに柄が悪かったのか。それでも褒められるのは悪くないが、俺はバイク乗りたちに向かって一つ訊ねた。
「……お前らチャンネル登録はしてただろうな?」
バイク乗りたちはさっと顔を逸らした。
「やっぱりか! 俺が引退した後で虫の良いこと言いやがって! 悪い子はいねがー!」
子供を脅かすようなポーズを取りながら立ち上がると、バイク乗りたちは蜘蛛の子を散らした。
「ったく、今日一日だけで偉い目にあったな」
ともあれ、テレサが無事でよかった。
「テレサ、怪我とかしてな……」
振り返ると、テレサが無言で抱き着いてきた。
「ど、どうしたんだ?」
俺は扱いに困って両手を彷徨わせたが、テレサが泣いていることに気付き、両手をテレサの背中に回して宥めるようにぽんぽんと叩いた。照康が唇に人差し指を添えると、バイク乗りたちはエンジンを切り、押し歩きでその場を去って行った。
「……後のことは任せて下さいっす」
照康は親指を立てると、捕縛した三人組を連れてバイク乗りたちの後に続いた。
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