第49話 支え

「照康か。昨日は急に帰して悪かったな。またこっちに来たのか?」


「昨日はこの辺りに住んでるファンの人の家に泊めさせてもらったっす。これからその人の紹介で知り合った人と動画を撮りにいく予定なんすよ。そういえば太一くんと会った時に俺と一緒にいた奴らのこと覚えてるっすか? 実を言うとあいつらとつるむのがずっと嫌だったんすよ。斜に構えて冷めたフリをしてるのがカッコいい、熱くなるのはダサい、ダリィと暇が口癖で、何もしないのに集まってしょうもないことをダベってるだけの集まりだったんすよ。そんな時に太一くんがナマハゲ姿で俺らを追い回して、結局逆に追い回されて太一くん逃げてましたけど、衝撃だったっす。頑張るってすげーんだなって、感動したんすよ。それから太一くんがYouTuberだって知って、それで憧れて、俺もYouTuberになるって決めたんすよ。だから本当に太一くんには感謝……」


「悪いけどそういう話はまた今度にしてくれないか? 今急いでるんだ」


 尊敬されるのも感謝されるのも悪い気はしないが、今はテレサのことが最優先だ。


「す、すんませんっす。何かあったんすか?」


「テレサを探してるんだよ。昨日からずっと連絡がつかないんだ」


「それは心配っすね。テレサさんの件ネットですごいことになってるっすね。写真見ましたけど超美人で驚いたっすよ。あの人YouTuberになったほうが人気者に……」


「俺の話聞いてたか?」


「す、すんませんっす」


 照康はしゅんと項垂れた。俺は深く息を吐いてから額に手を添えた。


「……悪い。今のは八つ当たりだった。とにかくそういうわけだから俺はもう行くぞ」


「俺も探すの手伝いましょうか?」


「いいのか? 撮影でこっちに来たんだろ?」


「丁度人手があるんで任せて下さいっす!」


 照康は胸板に手を添えた。今は猫の手も借りたいくらいだ。人手は多いに越したことはない。何かあったら連絡を取り合うようにと約束を交わしてから、俺たちは二手に分かれた。


 俺は自転車を漕ぎながらテレサを思い浮かべた。


 テレサは派手な見た目とは裏腹に真面目で奥ゆかしい性格をしている。ジョークの本場アメリカに住んでいたこともあって冗談も通じる。些細なことにでも生き生きと

表情を変え、見ていて飽きることはない。一緒にいるだけで場の空気が明るくなるし、心が安らぐ。


 誰よりも笑顔がよく似合うテレサが、こうしている間もどこかで暗い顔をしている。そう考えただけで胸が痛んだ。


 テレサがどこに行ったか、何か手掛かりはないか、と頭をフル回転させていた時だった。天啓に打たれたように風車小屋の風景が脳裏に思い浮かび、俺は自転車を止めて振り返った。


 夜闇の奥に街灯が点った小丘の遊歩道が見える。


 確証は何もないが、勘が告げている。


 テレサはあそこにいると。


 俺は立ち漕ぎで夜道をひた走った。


 考えるのはテレサのことばかりだ。


 どこかで膝を抱えて泣いているんじゃないか。


 変なことを考えているんじゃないか。


 脳裏に在りし日の電車のホームが思い浮かび、俺は歯を食い縛った。


 人は何をきっかけに突飛な行動に及ぶか知れたものではない。


 落ち込んでいる時は独りになってはいけない。独りにしてはいけない。


 人は支え合って生きている。


 テレサはチャンネル登録も再生数も伸びずに苦悩していたポジティブ太一の動画に毎回コメントを残してくれた。配信をすれば毎度顔を出してくれた。古参ガチ勢としてずっと支えてくれたのだ。途中で投げ出さずに最後までやり通すことができたのは、テレサを含んだ親愛なるファンたちのおかげだった。


 だからこそ、支えられた時の救われた気持ちを、俺はよく知っている。


 今度は俺がテレサを支える番だ。


 俺は小丘の坂道を立ち漕ぎで登ろうとしたが、途中でもどかしくなり、自転車を乗り捨てて坂道を走った。登り終えた頃には汗だくになり、足も震えて呼吸も乱れていたが、一呼吸置いてから歩き出した。


 街灯に照らされた遊歩道を進んでいくと、ライトアップされた花畑と風車小屋が見えてきた。


 子供の頃のお気に入りの場所で、両親にせがんで頻繁に訪れていた。坂道で疲れて泣き喚く梓を親父が背負い、俺はそこら中の草むらに飛び込んで虫を探し回っていた。そういえば虫を触る機会はめっきり減った。年月を経ていくにつれて、童心は忘れ去られていくのだろうか。


 風車小屋の付近にはベンチが並べられている。その内の一つに見覚えのある後ろ姿を発見した俺は、深呼吸で息を整えてから、ゆっくりと歩み寄った。


「こんなところで何をやってるんだ?」


 何気ない風を装って声をかけると、テレサが驚いた顔で振り返った。


「太一くん……どうしてここが……」


「それについては後日釈明する。隣いいか?」


 テレサはこくりと頷いた。俺は運動不足の体で坂道を駆け上がったことで生じた足の痛みをおくびに出さずベンチに腰を下ろした。


「……もしかしてずっと私を探してくれてたんですか?」


「まあな。連絡が付かないから心配してたんだ」


「……ご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 テレサはそれきり黙り込んでしまった。

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