第48話 手掛かりを探せ

「ん? ここは確か……」


 見覚えのある風車小屋を背景にしたテレサ一人の写真が目に入った。ここから数キロ圏内にある小丘の上に建造されたものだ。その他にも多種多様の花々が植えられた花畑と、散歩やジョギングに適した遊歩道も併設されていることから、地元では憩いの場の一つとして知られている場所だ。子供の頃に両親に連れられて梓と遊びに行っていたのを覚えている。アメリカの摩天楼と雄大な自然の数々を訪れ、その多くで写真を撮ってきたテレサが、地元民しか寄り付かないような風車小屋の写真を額縁に入れてまで飾っているのは珍しい。


「そういえば動画の撮影で1回行ったことがあったな」


 底辺YouTuber時代に〈香水を付けたら蜂は寄ってくるのか?〉と題して花畑で動画を撮ったことがある。結果として寄ってはきたものの、安全への配慮が足りていなかったと反省し、泣く泣くボツにした。それだけに留まらず〈団扇で仰いだら風車は回るのか?〉〈指先に蜜を付けて立っていたら蝶は止まってくれるのか?〉〈遊歩道でジョギングしたらこんな景色が見られる〉など、需要そっちのけで思い付いた企画を手当たり次第に試してみたが、結局どれもこれもいまいちだったので全ボツにし、疲れ果てた体を引き摺って帰ったのをよく覚えている。


「……いつまでじろじろ見てんだよ俺」


 早々に立ち去るつもりが長居をしてしまった。これではストーカーと変わらない。テレサの家を出た俺は静かに扉を閉めた。施錠せずに立ち去るのは気が引けるが、鍵を持っていない俺ではどうすることもできない。呼び出したエレベーターに乗り込み、途中で住民が乗ってくることなく無事一階に辿り着いた俺は、挙動不審にならないように意識しながら自動ドアを通り抜けた。それにしても管理人が業務を終えていたのは幸いだった。都内では24時間常駐している場合もあると聞く。忍び込めたのは運が良かったとしか言いようがない。


 マンションを出ると、周囲に集まっているマスコミが一瞬こちらを見てきたが、目当ての人物ではないと気付くと露骨に顔を逸らした。毎度こんなのに付き纏われる芸能人の心労は察して余りある。有名税だから仕方がないという意見も分からなくはないが、無関係の人たちにまで迷惑をかけるような行いは慎むべきだ。


 俺は足早にその場を立ち去ろうとしたが、突然見知らない女の人に道を塞がれてしまった。


「このマンションにお住まいの方ですか?」


 女の人が訊ねてきた。芸能人に匹敵する女の人のルックスに俺は一瞬たじろいだが、色んなテレサを見てきたことで免疫が付いたのか、自分でも驚くほどに平静でいられた。


「すみません、今急いでるんで……」


「お若く見えますが、高校生ですか?」


「いやだから急いで……」


「こちらにテレサ・エヴァンスさんがお住まいになっているそうですが、ご存知ですか? 知り合いだったり、同じ学校に通ってたりとかしてませんか?」


 俺は嫌悪感を剥き出しに女の人を睨み付けた。何だよこの人。こっちの事情を完全に無視して自分のペースに話を持って行こうとしている。マスコミってみんなこうなのか?


 俺は何も答えずに女の人の横をそそくさと通り過ぎた。後ろから露骨な舌打ちが聞こえてきた。そういう態度を取るから下二文字をゴミにすり替えられるんじゃないのか、と思わないでもなかったが、今はあんなのを相手にしている場合ではない。俺はマンションの裏手に停めていた自転車に乗り、前方に差すライトを頼りに薄暗い路面にタイヤを走らせた。


 道すがらの信号待ちでテレサに電話をしてみたが、相変わらず電源は切られたままだ。地方都市と言えど町は広い。闇雲に探したのでは見付け出すのは難しい。俺はこれまでのテレサとのやり取りで知り得た情報を頼りに、テレサが立ち寄りそうな場所を見て回ることにした。


 真っ先に思い付いた場所は、お互いを知らない状態で俺たちが初めて出会ったあの店だ。こんな時に行くとは思えないが、思い浮かんだ場所は虱潰しに見ていくべきだ。


 俺は立ち漕ぎで夜の町を駆け抜け、昔ながらの商店街にあるラーメン屋の前で自転車を停車させた。暖簾をくぐると、カウンターに立っている老齢の大将が「あの時の生意気な坊主じゃねえか」と声をかけてきた。


「真面目腐った顔してどうした? まさか大食いチャレンジしに来たのか?」


「違います。実は今テレサを探してるんですけど、ここに来ませんでしたか?」


「1号ちゃんのことか? ついさっきここに来たぜ」


「本当ですか!?」


 俺は前のめりになった。探し始めたばかりでいきなり手掛かりを見付けられるなんて幸先がいい。


「おうよ。今日はやけに落ち込んでたぜ。野菜ラーメン並盛しか食べねえで帰っちまったからな。まさか一丁前に喧嘩でもしたのか? 美人にあんな顔をさせるなんて男の風上にも置けねえな」


「そういうわけじゃないんですけど、色々と訳ありでして。いつ頃ここに来たんですか?」


「1時間くらい前だ。その後は知らねえな」


「そうですか。ありがとうございました」


「何があったかは知らねえが、その面を見るに今が正念場ってところか……男を見せてこい」


 大将が背中を叩いてきた。俺はぺこりと頭を下げてから店を出て行った。少量とはいえ、食事が喉を通るくらいの元気はあるようだが、テレサの顔を直接見るまでは安心できない。


「他にテレサが行きそうな場所と言えば……」


「あれ? 太一くんじゃないすか」


 店の前で推理を巡らせていると、照康が通りかかった。

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