第47話 安否確認

 室内は真っ暗だった。見るからに人の気配はなさそうだが、だからこそ余計に不安を煽られてしまった。


「テレサ! いないのか?」


 玄関から大声で呼びかけるも、返ってきたのは静寂だった。


 テレサの無事を確かめなければ気が済まない。俺はそっと中に入り、後ろ手で扉を閉めた。室内は暗く見通しが悪い。俺は照明の電源と思しきスイッチに手を伸ばしたが、寸前で思い止まった。マンションの前にはマスコミが集まっている。一階からでは見えないはずだが、万が一家の電気が点いたのを気取られるようなことがあれば面倒なことになる。


 俺は靴を脱ぎ、スマホのライトを点しながら広い廊下を進み、リビングへと顔を出した。


 リビングは四方窓ガラスで覆われていた。カーテンが閉まっているために夜景は一望できないが、スマホのライトが外から見られる心配もなさそうで一安心だ。天井からはシャンデリアがぶら下がっており、中央には十人以上が座れる高級そうなソファーと巨大な液晶テレビが鎮座している。その他にも大理石の食卓テーブルや高級ワインが入っているであろうワインセラーなど、庶民には手が届かない高級家財が揃っていた。上階へと続く螺旋階段も設けられており、如何にも金持ちが住んでいそうな内観に俺は唖然とするばかりだったが、同時に違和感にも気付いた。


「……生活感がなさすぎるな」


 暮らすより見せることを重視しているかのような内観だった。まるで展覧会の家の中を見ているかのようだ。両親は共働きだとテレサは言っていたが、この様子ではあまり帰ってきている様子はなさそうだ。


 だだっ広いソファーにテレサが一人で座っている姿を想像した俺は、胸を締め付けられるような思いを抱いたが、これはあくまで妄想であり、事実とは限らない。


 気を取り直した俺は室内の各所を見て回った。脱衣所に浴室、トイレに寝室と、目に付くところを手当たり次第に確認し、最期にテレサの部屋の扉を開いた。


 室内は整然としていた。ベッドはホテルのように丁寧に整えられており、勉強机の上にも余分な物は置かれておらず、本棚の本も綺麗に並べられている。


「とりあえず異常はなさそうだな」


 俺は胸を撫で下ろした。変わり果てた姿をしたテレサの第一発見者にならずに済んだのは幸いだが、今度はテレサの行方を突き止める必要がある。外出しているのは間違いなさそうだが、マンション前をマスコミに取り囲まれている状況では帰宅もできないはずだ。


 いくら緊急事態とはいえ、俺は無断でテレサの家に入ってしまったのだ。招かれてもいないのに部屋をまじまじ見るのは無礼な行いだ。


 俺は足早に立ち去ろうとしたが、ふとある物が目に入り、思わず足を止めてしまった。


 色取り取りの額縁に納められた写真の数々が壁に飾られている。テレサ一人の写真もあれば、姉と思しき人物と撮った写真など、シチュエーションは様々だった。


「そういえばテレサは一人っ子だって言ってたよな。てことはこの人テレサのお母さんか?」


 どう見ても二十代後半くらいにしか見えない金髪碧眼の美女とテレサのツーショット写真を見て俺は唸った。派手な化粧と恰好をしているのはアメリカ人らしいと言えばらしい。対照的にテレサは大人しめな身形をしている。血の繋がった親子でも衣類の好みには差異があるようだ。


「いかいかん。こんなの覗きみたいなもんだぞ」


 俺はかぶりを振った。事情を説明すれば理解を示してくれるとは思うが、テレサに会ったら勝手に家に入ってしまったことを正直に告げて誠心誠意謝ろう。黙っていればバレないかもしれないが、罪悪感を抱いたまま接していくのは心苦しい。こういう時は正直になったほうがいい。


「……とはいっても、な」


 俺は再度写真を見渡した。テレサと母親のツーショット写真は昔の物から直近の物まで豊富に揃っているが、父親を含んだ家族写真は幼少期の物しかなかった。


 これだけでは判断材料としては乏しいが、今までのテレサの口振りや、家の中の様子なども照らし合わせてみると、家族仲がどうなっているのか想像に難くなかった。


「あれ? これって……」


 俺は真新しい額縁に入っている写真に目を止めた。満面の笑顔のテレサとだらしない顔でピースをしている梓のツーショット写真だ。この間のお泊り会で撮ったのだろう。二人はパジャマ姿をしている。たったこれだけのことだが、テレサが梓をどう思っているのか何となく分かり、胸の内に温かい感情が灯った。


「俺との写真は……いやいやあったらびっくりするわ」


 男とのツーショット写真は多分な意味が含まれてしまう。なくて当然だが、視界の端に見覚えのある絵が納められた額縁が目に入り、俺はぎょっとした。


 梓に頼んで書いてもらったチビキャラバージョンのポジティブ太一の絵だ。YouTubeのヘッダーに使っていたものだ。わざわざ印刷して切り取って納めたようだが、額縁の形を見て俺は顔を赤くした。


「……何でハートの額縁に入れてるんだよ」


 ハートの額縁は他の写真にも使われているが、こんなものを見てしまったら単純な思春期男子は大いに勘違いをしてしまう。そもそも何故テレサのような世界的な有名人が俺のファンをやっていたのかも摩訶不思議だ。テレサを尊重して考えないように訊かないようにしていたが、こうなってしまった以上はその辺りも聞き出さなくては夜も眠れない。

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