第45話 世間の反応

▽▽▽


「……とんでもないことになったな」


 翌日、俺はまとめサイトに掲載されているテレサの写真を見ながら唸った。


 あれこれ調べてみたところ、顔バレの切り抜き動画を元にテレサのインスタを特定した何者かが情報を拡散したのがことの発端のようだ。


「テレサの正体を知らなかったとはいえ、認識が甘かったな」


 初めは同接200人程度の個人Vtuberの素顔がアメリカ人の美少女だった、という界隈でも小規模な出来事でしかないと思っていたが、その正体が突然表舞台から姿を消した伝説の子役、テレサ・エヴァンスと知れ渡ってからは想像を絶するほどの事態に見舞われることになってしまった。


 V界隈では未だかつてないほどの騒動に発展している。大手事務所所属のトップVtuberたちも雑談で騒動に触れ、リスナーたちも箱の垣根を越えて話題に上げている。大手Vtuber事務所からは早くもコラボの打診が届いている。企業案件まで舞い込んでおり、中にはアメリカの企業からのものもあった。


 テレサのTwitterアカウント宛てに各テレビ局やニュースサイトの記者から取材依頼のDMが殺到した。Twitterのユーザーからも万を越えるDMが届き、大半が英語だったために対応することができなかった。Twitterのトレンドもテレサの話題が首位を飾り、取り分けアメリカでは一位から五位までがテレサに関連するワードで埋め尽くされた。


 各SNSに出回った切り抜き動画の再生数は総再生数2000万を越えた。毎年の再放送で役者としての名前は知らずとも映画と顔は知っているという一般人は数多く、絶世の美少女に成長したテレサを見て陰陽問わず多くの人がテレサに関心を持つようになった。

 

 YouTubeのチャンネル登録者数は300万人を超え、Vtuberのフォロワーランキングでは3位にランクインした。YouTubeでは話題の波に乗ろうとテレサの親族を騙る赤の他人がテレサを救いたいなどと戯けたタイトルで動画を大量に垂れ流している。有名YouTuberたちもインスタライブで話題に上げており、テレサの一件はV界隈に留まらず波及の一途を辿っている。


 今回の騒動で、テレサは一躍時の人となってしまった。


 一介の高校生でしかない俺ではこの事態に対応することができなかった。梓のアカウントも似たような状況にあり、俺と同じくどう対応すれば分からないということで、梓は世話になっている編集者に相談を持ち掛け、返事を待っている。 


「お兄ちゃん大丈夫?」


 梓が俺の部屋に顔を出してきた。今日は平日だが、この状況では人前に出るに出れず、俺たちは学校を休むことにした。おふくろに状況を説明すると、よく分かっていない様子ではあったが、滅多にない兄妹揃っての頼みを真摯に聞き入れてくれた。俺たちの代わりに学校に休む旨を連絡すると、夜勤明けで疲れた体をベッドに沈めて泥のように寝入ってしまった。


 昨日の夕方から騒動を知った同級生から質問のメッセージが大量に届いている。今頃学校はテレサの話題で持ち切りになっているだろう。もし学校に行っていたら取り囲まれて授業どころではなかったはずだ。


「俺よりそっちはどうだ? 編集さんから連絡はあったのか?」


「編集さんには本人と連絡が取れるまでは何もしないほうがいいって言われたよ」


「やっぱりそうなるよな」


「テレサ先輩と連絡が付いたら教えてほしいって言われたよ。何か編集さんすごい興奮してたから恐かったよ」


「今世間を賑わせてる人物と繋がってる人間が傍にいればそうなるだろうな」


 編集者からすればテレサは利用価値がある存在だ。梓を通じて真っ先に接触し、どこよりも早くインタビューをするなり、記事に取り上げるなりすれば注目を浴びることができる。これは美味しい展開だと思っているに違いない。


「どうやらテレサも学校を休んでるみたいだな」


 質問ばかりのメッセージの中には、俺とテレサの身を案じ、学校の状況を知らせてくれる心優しいクラスメイトのメッセージも含まれていた。それによればテレサも学校を休んでいるとのことだ。学校の誰かがタレ込んだのか、マスコミが学校の付近をうろついているという情報も入ってきている。


「テレサ先輩とは連絡ついた?」


「電話は繋がらないし、既読も付かない。多分電源を切ってるんじゃないかな」


「……正直私たちよりテレサ先輩のほうが大変なことになってるよね」


「世間を賑わせてる当人だからな」


「ねえ、お兄ちゃん。テレサ先輩と連絡がついたら……」


「責めるなって言いたいんだろ? 分かってるよ」


 テレサが何を思って役者を引退し、人知れず日本に移住してきたはわからないが、何か深い事情があるのは間違いない。


 そもそも今回の騒動は俺にも原因がある。テレサが機械の操作に疎いのは何となく分かっていた。機材やフェイスリグの操作などはマネージャーである俺がしっかりと勉強してからテレサに教えるべきだったのだ。もちろんそう思って事前にテレサにその旨を伝えてはいたが、テレサはそこまで甘えるわけにはいかない、自分でやると言って聞かなかった。俺もやることが多かったために食い下がりはしなかったが、あの時に無理矢理にでも意見を押し通していればこんなことにはならなかったはずだ。


「こんな時こそ俺たちがテレサを支えるんだ。そうだろ?」


「……うん。そうだよね」


 梓は「お兄ちゃんのくせにカッコイイじゃん」と照れ臭そうに言った。


「日が落ちたらテレサの家に行ってみる」


「分かった。このままそわそわしてても仕方ないから私は仕事してくるね」


「こんな時でも仕事しなきゃいけないなんてプロは大変だな」


「好きでやってることだから贅沢なんて言えないよ。テレサ先輩のこと、よろしくね」


「ああ、任せておけ」


 俺はどんと胸を叩いた。

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