第43話 褒め上手

「誘ってくれたのは嬉しいけど、実はもう別の活動をしてるんだよな」


「別の活動すか?」


 照康は首を傾げた。


「今はとあるVtuberのプロデューサー兼マネージャーをしてるんだよ」


「そうなんすか? Vtuberってアニメのキャラのやつっすよね? 俺詳しくないんでよく分からないんすけど」


「同じYouTubeで活動をしてても畑が違うからな。知らなくても無理はないさ」


「なるほど、事情は分かったっす。でもその気になったら声をかけて下さいっす。いつでも力になるっすから」


「そうさせてもらうよ……何かお前が安人だったって分かったら恨む気が失せたな。素直に謝ってきたし、これで手打ちにしよう」


 俺は照康に手を差し伸べた。照康は満面の笑みで俺の手を握り、俺たちは和解の握手を交わした。何かいいな、こういうの。


「お兄ちゃん終わった? ご飯できてるよ」


 リビングの窓を開けた梓が声をかけてきた。照康は上官に指示された兵士のように直立不動の姿勢を取った。


「こ、こんばんはっす、梓ちゃん! 今日は急に来たのに対応してくれてありがとうっす!」


「気にしなくていいよ。お兄ちゃんと仲直りできたみたいだし、良かったね」


「それもこれも全部梓ちゃんのおかげっす!」


 照康はがちがちに緊張した顔で頬を真っ赤にしている。さすがにこのあからさま態度を見れば照康が梓にどんな感情を抱いているのか理解できた。梓に彼氏なんてまだ早い。お兄ちゃんそんなの絶対許さないからな。


「そ、そういえば、あの話考えてくれたっすか?」


「レッドテルのチャンネルアートとかヘッダーとかキャラグッズのデザインを私にお願いするって話だよね? 私で良かったの?」


「梓ちゃんだからお願いしたいんすよ。今月中に返事をくれると嬉しいっす」


「引き受けるのはいいけど、納期がいつかによるなー。今優先してる仕事があるからそっちで忙しいし」


「そうなんすか? 梓ちゃん人気のイラストレーターっすもんね。さすがは太一くんの妹っす!」


「そんなに褒めても何も出ないし……うちでご飯食べてく?」


「舞い上がってるじゃねえか」


 俺は梓の頬を人差し指で突いた。


「それにしても太一くんがVtuberのプロデュースっすか。意外っすね」


「俺もこうなるとは思ってなかったよ。人生は何が起きるか分からないけど、やってきたことは無駄にならないもんだ」


「おおっ! 名言っすね! 太一くんカッコイイっす! さすがは俺が惚れ込んだ人っす!」


「おいおい褒めても何も出ないぞ? 今日は泊ってくか?」


「お兄ちゃんも舞い上がってるじゃん」


 梓が人差し指で頬を突き返してきた。照康は「二人とも仲が良いっすね! 羨ましいっす!」とはきはき言った。初めはパクリ野郎のクソッタレかと思っていたが、話してみると根明で純粋な奴だった。多分この人間性が人を惹き付けて人気を博すに至ったんだろうな。


「太一くんがプロデュースしてるVtuberって誰すか? 俺チャンネル登録するっすよ」


「テレサ・パチャママで調べれば出てくるぞ」


「了解っす。良かったら宣伝手伝うっすよ?」


「気持ちは有難いけどどうだろうな。いくら無名の個人勢Vtuberと言っても付近に男の影があるとファンがあんまり良く思わないかもしれないからな」


 アイドル路線で所属Vtuberを活動させているディアボロスを箱推ししているリスナーは、所属Vtuberに男が寄り付くのを極端に嫌がっている。男の名前を口に出しただけで異議を申し立てるリスナーもいるらしく、ディアボロス所属のVtuberたちはその辺りも配慮しながら日々配信活動をしている。


 アイドル売りをするからには相応の覚悟が必要になるということだ。テレサは地母神系Vtuberなので連れ合いがいても不思議ではない設定だが、今後どういう方向で活動していくかは、テレサとしっかり話し合い、活動を通じて試行錯誤をし、俺たちに合ったやり方を見出していく必要がありそうだ。


 昨日の騒動を受けたことで、初配信のアーカイブは非公開にしている。これで投稿した動画は実質ゼロだが、顔バレの影響でTwitterフォロワー数とチャンネル登録数は増加の一途を辿っている。


 こんな形で有名になるのはテレサの本意ではなかったが、こうなってしまった以上は仕方がない。これからは堅実に活動を続けていき、推したいと思ってくれるファンを地道に作っていくしかない。ミーハーはすぐに離れる。そうなってからが本当の勝負だ。


「俺がリスペクトしてる人がプロデュースしてるVtuberってことで紹介しようかと思ったんすけど、それだと距離感が近く見えて良く思われないっすかね?」


「一番角が立たない方法はお前が純粋にテレサのファンだって公言して紹介してくれることだけど、それだとお前のイメージが変わるから難しいところだな」


 俺は腕を組んだ。テレサと照康ではファン層が異なっている。無理に関連を持たせるよりは何もさせないほうがいいかもしれない。


「何か余計なことはしないほうが良さそうっすね」


「だな。気持ちだけ受け取っておくよ。サンキューな」


「どうってことないっすよ! 俺いつでも力になるんで、何かあったら声かけて下さいっす! 梓ちゃんも俺を頼ってくれていいっすからね!」


 照康は胸をどんと叩いた。見掛けとは違って邪気がない奴だ。特攻服を着てるのはキャラ作りの一環なんだろうな。


「でも一応チャンネル登録はしておくっすね。今度動画も確認して……えっ⁉」


 照康は素っ頓狂な声を上げ、食い入るように自分のスマホを凝視した。

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