第42話 メンバー

「俺、ずっと後悔してたんすよ。太一くんの動画を踏み台に俺だけバズったじゃないすか? それがマジで申し訳なくて。あれからずっと太一くんの動画を観て配信にも顔を出して応援してたっすけど、結局太一くんは引退することになって……ずっと心苦しかったっす」


 照康は顔を下向けた。特攻服なんて時代錯誤な服を着るなんてどこの田舎者だと思っていたが、根は良い奴なのかもしれない。


 とはいえ、気に入らないことが一つある。


「YouTubeは二番煎じ三番煎じが当たり前だけど、俺のファンを名乗っておきながら俺の動画のネタをパクるのは狡いんじゃないか?」


 ザリガニとクワガタどちらに鼻の穴を挟まれたら痛いのか、猿の檻の前でこれ見よがしにバナナを食べたらどうなるかなど、俺のネタを丸パクリした動画を照康はいくつも投稿している。


「それもマジですみませんでした。出来心もあったんすけど、太一くんの企画がバズらないのはおかしい、俺がやったらどうなるのかって実験したい気持ちもあったんす。そしたらすげー伸びたんで味を占めちゃったんすよ」


「悪名は無名に勝る、何を言うより誰が言うかが重要ってことか?」


「そういうことなんじゃないすか? よく分からないっすけど」


 照康は後頭部を掻いた。俺は右手を腰に添え、小さく息を吐いた。


「……まさか素直にパクリを認めて謝るとは思わなかった。もしかしてそのためにわざわざここまで来たのか?」


「それもあるんすけど、本題はもう一つあるっす」


 照康は真剣な面持ちで俺の顔を凝視した。


「太一くん……俺のメンバーになってくれませんか?」


 有名YouTuberの多くはメンバーを傍に置いている。企画の立案、カメラマン、動画編集など、裏方の仕事を担当するのがメンバーの役割だ。メンバーは地元の仲間や昔馴染みの友人を据えるのが主のはずだが、まさか赤の他人の俺に声をかけるとは思わなかった。


「俺マジで太一くんのことリスペクトしてんすよ。体を張って笑いを取る度胸と行動力があるし、企画も面白いのが多いし、撮影も編集も全部一人でやってたから即戦力として迎えられるし、是非お願いしたいんす」


「見込んでくれるのは嬉しいけど、過大評価もいいところだぞ。俺はチャンネル登録者1000人を超えることができずに引退した底辺YouTuberだ。他を当たったほうがいい」


「いやそれには原因があったっすよ」


 照康は一呼吸を置いてから、こう言った。


「太一くん企画は良いけど他が全然ダメダメだったっす。第一にサムネっすね。何でカッコ付けてドイツ語とか使ってたんすか? あれじゃ動画の内容が全然伝わってこないから見ようって気にならないっすよ。後は似たようなアングルの写真と背景をサムネに使ってるから動画の差別化が全然できてなくて、どれがどれだか分かりにくかったっす。サムネを制する者がYouTubeを制するんす。それにいつも自撮り棒で撮影してたから似たような動画ばっかだったのも問題っすね。手ブレも多くて見辛かったっす。一人でやってたから仕方ないっすけど、三脚立てて撮る動画を増やすとか、ドローン飛ばすとかもっと工夫したほうが良かったっすね。編集も粗があったっす。後半は見やすくなってたっすけど、最初の頃は変なタイミングでSE入れたり、変顔をアップをしたりするせいで画面ががちゃがちゃして鬱陶しかったっす。動画の時間が長いのも問題っす。何で4時間の動画とかアップしちゃうんすか? 編集してるのに4時間は長すぎっすよ。映画2本も観れる時間っすよ? いらないシーンをカットすれば1時間以内にまとめられましたよ」


 こいつ滅茶苦茶ダメ出ししてくるじゃん。腹立たしいことに指摘も的を射ている。俺はぐうの音も出せずに顎を引いた。


「俺が思ったのはこんなとこっすね。これを全部直してれば太一くんなら1000人は余裕で越えてましたよ」


「お、おのれ……チャンネル登録者数10万人越えは伊達ではないってことか……何でもっと早く言ってくれなかったんだ」


「俺も自分のことで手一杯だったんでそれどころじゃなかったんすよ」


「やっぱりあの喧嘩自慢大会に出てから忙しくなったのか?」


「そうっす。次の大会も出場が決まってるんで今も練習してるっす。他の選手とコラボの予定もあるんで大忙しっすよ。あれがなかったら俺もここまでバズってなかったっす。旬のコンテンツに乗っかって知名度を上げるのも戦略のうちっすよ」


「一応、俺もその波に乗ろうとして応募はしたけど落ちたんだよな」


「そうだったんすか? オーディションにどんな動画送ったんすか?」


「とにかく目立とうと思ってストッキングを被った状態で主催者の格闘家のポスターを破いてライターで燃やす動画を送った」


「面白いけど過激っすねえ……多分それ時期が悪かったからボツにされたっぽいすね」


 照康は腕を組んで唸った。そういえば当時は放火事件が世間を賑わせていた。選考期間と重なってしまったためにコンプライアンスの都合で弾かれたのが落選の原因だったのかもしれない。


「太一くんのキャラならオーディションをもっと盛り上げてくれたと思うんすけどね」


「過ぎたことを考えても仕方ないさ。それに俺喧嘩とかろくにしたことないから試合に出てもボコボコにされてただろうしな」


「……俺のメンバーになってくれれば太一くんを有名にするって約束するっすよ」


 照康は真面目な顔で俺をじっと見てきた。


「俺だけ有名になって、リスペクトしてる太一くんが引退するなんて、やっぱり納得がいかないっす。俺太一くんの力になりたいんすよ。俺を踏み台にしてもいいんで、もう一度ポジティブ太一として活動してほしいっす」


「お前……そこまで俺のことを思ってくれてたのか」


 俺は不覚にも胸を打たれてしまった。憎きレッドテルの正体が実は古参ファンの安人だったことにも驚きだが、そのレッドテルが罵声を浴びせられるのを覚悟してでも俺の力になろうと遠路遥々からやってきたのだ。ポジティブ太一はファンの心の中で生きている。その数は少なくとも、それが堪らなく嬉しかった。

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