第40話 校舎裏にて

 ▽▽▽


 翌日、俺はV界隈の情報をまとめているサイトにアクセスし、記事を隈なくチェックした。普段は大手事務所所属のVtuberの情報を中心に扱っているサイトだが、テレサの顔バレが想像以上に話題になったことで、抜け目なく記事にしていた。


 初配信の動画は非公開にしたが、配信を観に来ていたリスナーが早くも切り抜き動画を作成しており、初配信から一時間も置かずに投稿された顔バレ切り抜き動画は一晩で10万回再生を超えた。この騒動で注目を浴びたことからTwitterフォロワー数も激増して1万人を突破し、チャンネル登録数も5000人を超えた。


「何だかんだでみんな魂が気になるものなのか?」


 V界隈にはVの前世や素性をまとめているサイトも存在している。大手事務所所属のVの前世は元有名生主や声優志望者、人気ゲーム実況者など、配信経験者だった例がほとんどだ。ガセネタも多いが、当人が大っぴらにしている場合もあり、記事の中には真相に迫っているものもある。


 一部のまとめサイトの運営者やリスナーたちは、顔バレで一躍有名になったテレサの前世を探ろうと動き出しているようだが、今のところ誰一人特定には至っていないようだ。


 テレサは配信経験がない素人だ。いくら探ったところでテレサの情報がそう簡単に出てくるはずがない。そこは一安心と言えるが、問題はテレサの今の心境だ。


 テレサは不本意な形で脚光を浴びてしまったことを気に病んでいた。テレサが金髪碧眼の美少女だったことから顔バレ騒動は好意的な意見が数を占めているものの、中には台本通りの展開でバズるためにわざとやったのではないか、容姿や体を売りにするのは性的搾取がどうこうなど、一部から誹謗中傷の声も上がっており、それらが堪えているようだった。


 有名になればファンの増加に伴い、アンチも勢いを増す。アンチのコメントを一々気にしていたら身が持たない。初配信を終えた直後に俺はテレサに電話をし、気にしなくていい、と電話口で慰めたが、テレサは配信中とは打って変わって沈んだ声で一言「はい」と返事をしただけだった。


「メンタルケアも俺の役目だよな」


 昼休みに教室を出た俺は、テレサを探して二つ先の教室に顔を出した。


 テレサは弁当箱を机の上に置いたまましゅんと項垂れていた。


 俺が声をかけると、テレサは弁当箱を持って歩み寄ってきた。


「どうかしたんですか?」


「心配で見に来たんだよ。ここで話すと誰に聞かれるか分からないから移動しよう」


 耳打ちすると、テレサはこくりと頷いた。


 俺はテレサを校舎裏に連れ出した。人が寄り付かない場所だ。ゆっくり話をするのに適している。俺たちは石畳の段差に並んで腰を下ろした。


「弁当は自分で作ったのか?」


「はい。ママが仕事で家を空けることが多いので家事は自分でやってるんです。太一くんも自分で作ったんですか?」


「まさか。おふくろが作ってくれたやつだよ。夜勤明けで帰ってきてすぐに作り置きしてくれるんだ。最近忙しいのか日中はずっと寝てる。頭が上がらないよ」


「素敵なお母さんですね。今度ご挨拶したいです」


「そうしてくれると助かる。梓がいつもテレサのことを話題にするもんだからおふくろが連れて来いってうるさいんだ」


「そうなんですか? 都合が付いたら是非。お会いするのが楽しみです」


 テレサは口元を緩めたが、どことなく浮かない顔をしていた。


「やっぱり昨日のこと気にしてるのか?」


 話題を振ると、テレサは箸を止め、弁当箱の上にそっと置いた。


「私の落ち度で起きたことです。良くも悪くも話題になったことは仕方がないと思っています」


 意外な答えだった。てっきり昨晩の一件で寄せられた一部のアンチコメントを見て落ち込んでいるとばかり思っていた。


「私が気にしているのは、梓ちゃんのことです。せっかく素敵な絵を描いてくれたのに、ネットでは私のことばかり話題になっています。それが申し訳なくて……」


 確かにネットの反応を見て回った限り、キャラデザを話題に挙げているのは極少数だった。イラストを用意してくれた梓に目が行かないことに負い目を感じて落ち込んでいたのか。優しすぎだろ。


「その件は心配ないよ。昨日のふざけたコメント見ただろ?」


「それもきっと私のミスをフォローするために言ってくれたことです」


「話題作りの狙いもあったって言ってたぞ。だからテレサが気を病むことなんてないよ。梓だって昨日電話で謝り倒してただろ?」


「この埋め合わせは新衣装でするって言われました」


「気が早いな。まあきっちり仕事をしてもらおうぜ」


 俺は弁当を頬張った。テレサは頬を緩めてから食べるのを再開した。


「……何かあったらいつでも俺に言ってくれよな。テレサのメンタルケアも俺の大事な仕事だからな」


「頼りにしてます。けど、活動以外のお話も聞いてほしいです」


「プライベートのこともか? テレサが良ければいくらでも聞くぞ」


 俺がどんと胸を叩いた。

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