第4章 初配信。そして……
第37話 初配信
▽▽▽
「いよいよだな」
俺は緊張の面持ちでパソコンの画面を凝視した。
配信予定の待機画面の時刻が刻一刻と刻まれている。
今日は記念すべきテレサの初配信の日だ。今日に至るまでの進捗状況をTwitterでこまめに投稿していたが、それが功を奏し、活動を本格化する前から配信を楽しみにしていたファンが徐々に増えていき、おかげですでに100人以上が待機していた。テレサの天然を発揮したツイートも一部で話題を呼び、梓が知名度を遺憾なく発揮して宣伝してくれたこともあって、個人勢の初配信にしては予想以上の数が集まってくれた。
試験的にキャラを動かしてみた動画をツイッターに上げたところ、500リツイートに800いいねが付いた。俺が編集して投稿した自己紹介動画も1日で2000回再生を超えた。前評判では見た目も声も可愛いと好意的な声が寄せられている。上々の滑り出しと言っていい状況だ。
俺は緊張で震えている手を押さえつけた。
初配信はTwitterで寄せられた質問に対する回答と、コメント欄の質問を拾って答える雑談配信にする手筈になっている。俺としては人目を引くような尖った配信にししたかったが、テレサは奇を衒ったやり方で注目を集めるのを望んでおらず、初めは自分のペース配信をしていき、徐々に感覚と掴んでいきたい、と本心を打ち明けてきた。主役はテレサだ。俺はテレサの意向に沿うことに決め、無難な雑談配信にしようと提案し、こうして初配信の運びとなった。
俺と梓はモデレーターとしてすでにコメント欄で待機している。初配信と言えども、どんな輩が紛れ込むか知れたものではない。観に来てくれたファンのためにも悪意のあるコメントは即座に削除する必要がある。目に余るようならブロックも辞さない覚悟だ。
まだかまだかとそわそわしていると、スマホが震え出した。
『緊張しますね』
テレサからのメッセージだ。俺も同じ気持ちだが、ここは励ます場面だ。俺は『自信を持て。テレサなら大丈夫だ』と返信した。
『ありがとうございます。少し気が楽になりました』
『その意気だ。心配はいらない。俺と梓が付いてる』
『頼りにしてます。そろそろ時間なので、これから配信を始めますね』
『告知ツイートはこっちでしておく。しっかりな』
俺は告知ツイートを送信した。数時間前にも告知は済ませているが、直前にまたツイートしておけばフォロワーのトップラインに表示される。丁度時間が空いていているようなら気まぐれに配信に顔を出してくれる人もいるかもしれない。
パソコンの画面が切り替わると、画面中央に民族衣装を着た金髪緑眼の美少女が姿を現わした。
『初めまして、こんばんは。みんなの癒しになりたい、地母神系Vtuberのテレサ・パチャママです。今日はお忙しいなか遊びに来てくれてありがとうございます。とっても嬉しいです』
無料音楽素材サイトから拝借してきたBGMと共にテレサの声が流れてきた。トラッキングは正常に機能しており、リアルテレサの動きを反映したVテレサは表情豊かに動いている。我ながら良い出来だ。時間をかけて設定を組んだ甲斐があった。
ちなみにキャラを命名したのはテレサだ。本名を使って良いのか事前に確認を取ったところ「本名だと思われないから大丈夫です」とテレサは笑っていた。名字は母なる大地を意味する、神話の女神の名前だそうだ。癒しに母性は付き物。打って付けの命名と言える。
テレサが姿を現すと、早速コメント欄が流れ始めた。
『初配信おめでとうございます! 首を長くしてこの日を待っていました!』
『初見です。声可愛いですね』
『声だけでも推せるのに見た目も好みだわ』
『あずま猫先生のデザインと聞いて来ました!』
『絵師さんJCなんだ。すげーな』
コメント欄は好意的な意見が多かった。俺はほっと一息つきながらも、不適切なコメントがないか目を光らせた。
『今回は初配信ということで、何をするべきかなーってずっと悩んでいましたが、先ずは私のことを知ってもらうのが一番だと思って、雑談配信をすることにしました。Twitterで寄せられたマシュマロと、コメント欄に寄せられた良い子のみんなからの質問に答えていきたいと思います。最後まで観てくれた良い子のみんなにはよしよししてあげるからね』
良い子のみんなはテレサのリスナーの名称であり、梓が命名したものだ。俺も異存は挟まず受け入れ、直ぐに決定したのを覚えている。
それにしても初めはどうなることかと思っていたが、テレサは初配信とは思えない堂に入った喋りを披露していた。母性を意識した優しい声色はとろけるように甘く、リアルのテレサを知る身としては別人になったかのような切り替わり方に驚きを隠せなかった。コメント欄も声が可愛いとする旨が多く書き込まれていた。
それからテレサは自己紹介動画で触れていたプロフィール欄を掘り下げながら話を進行した。コメント欄の質問にも丁寧に応じ、冗談にもしっかり反応する気立ての良さを発揮し、リスナーは早くもハートを掴まれていた。荒らしが湧く様子もない、平和で優しい世界だ。現実もこうだったらいいんだけどな。
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