第35話 無駄じゃなかった
「と、とにかく、俺を褒めるのか褒めないのか、どっちなんだ?」
「も、もちろん褒めますけど、全力で褒めろと言われても具体的に何をすればいいんですか?」
「そこはテレサに任せる。これはVtuberになった時の予行演習でもあるからな。たくさんの人を癒したいなら先ずは身近の誰かからってわけさ」
「そういうことでしたか……分かりました」
テレサは目付きを変えた。
俺は鳥肌を立てた。目の前にいるのはテレサのはずなのに、中身が他の誰かと入れ替わってしまったかのように見える。
野兎を狩る獅子のような迫力を垂れ流しながらどうやって褒めるつもりなんだ、と思っていると、 顔中に柔らかい感触が広がった。
テレサが俺の頭を胸元に抱き寄せたのだ。
「太一くんはとっても頑張り屋さんですね。良い子良い子」
テレサは優しく頭を撫でてくれた。
咄嗟のことに思考が停止してしまい、俺はされるがままになった。
同級生の女子に子供扱いをされるなんて恥ずかしい、という男のプライドと、至福の感触に浸っていたいとする男の本能が俺の中で鬩ぎ合っている。俺はどちらにも傾けずそのまま固まってしまった。
「私は太一くんの素敵なところをたくさん知ってますよ。YouTuber時代は大変でしたね。一生懸命頑張ったのに引退するのは辛かったですよね」
俺は顔を上げた。慈愛に満ちた笑みを湛えているテレサと目が合った。
「誰が何と言うと、私はポジティブ太一さんが大好きです。引退した今も。これからも、ずっと。知ってましたか? 太一くんの動画が私の心の支えになっていたんですよ?」
テレサは茶目っ気たっぷりに小首を傾げたが、そんな可愛い仕草に目がいかないほどに俺は別のことに思いを馳せていた。
支えられていたのは俺のほうだ。
努力に見合わない無残な結果が続いても、見放さずに応援してくれたテレサや他のファンのみんながいてくれたから最後まで頑張ることができたのだ。
「不意打ちでそういうこと言うの止めてくれよ。泣きそうなんだけど」
「辛い時は我慢しないで泣いてもいいんですよ?」
「嫌だよ。女子の前で泣くなんて男としてみっともないだろ」
「そんなことないですよ。頼れる男の人は素敵ですけど、自分だけに弱味を見せてほしいって気持ちが女の子にはあるんです」
テレサはあやすような手付きで俺の頭を撫でてくれた。
俺は涙腺が決壊しそうになるのを必死で堪えたが、引退配信で泣いてる姿をすでに見られていたのを思い出し、一度も二度も変わらないとばかりに涙が溢れ出てしまった。
「……今でも応援してくれたみんなに申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ……期待に応えられなかった俺の未熟さが悔しい。他にやりようがあったんじゃないか、もっと頑張るべきだったんじゃないかって」
「太一くんは十分頑張っていました。結果を出せなかったのは残念でしたけど、結果だけがすべてだと考えたら辛いだけです。私は泣いたり笑ったり、たくさんの思い出を太一くんからもらいました。他の誰が何と言おうと、私はこれからもずっとポジティブ太一さんのファンです。それだけは忘れないで下さいね」
その言葉だけで救われた気持ちになった。
ポジティブ太一は誰かの記憶に残ることができたのだ。
それがたった一人、いや、それがテレサだからこそ、堪らなく嬉しい。
YouTuberになってよかった。100日間動画投稿をやり切ってよかった。
心からそう思えた。
「褒めるって話がいつの間にか慰める流れになっちゃったな」
「ご、ごめんなさい! 心の傷に触れるようなことを言ってしまって……思い出したくなかったですよね?」
「いいや、むしろすっきりしたよ……ありがとう。テレサに出会えて良かった」
「え、ええっ……!?」
テレサは顔を真っ赤にしながらあたふたした。俺も臭い台詞を口走ってしまった自覚はある。俺はそっとテレサを押し退けてから涙を拭い取った。
「ポジティブ太一は引退したけど、これからは裏方としてテレサをサポートしていくよ。それが今の俺の生き甲斐だ。この道を示してくれたテレサには本当に感謝してる」
まだ見ぬ明日には希望が広がっている。
何一つ根拠はないが、そう思えた。
「おかげで元気が出たよ。本当にありがとう。今日はもう遅いから寝たほうがいいぞ」
「そ、それはそうなんですけど、もう少しだけお話できませんか……?」
「別にいいけど、何を話すんだ?」
「私がどれだけポジティブ太一さんが好きだったか語りたいんです」
「これまでもたくさん話してきたのにまだ語ることがあるのか?」
「それはもう! 一晩中語っても尽きないくらいありますよ!」
テレサは両腕を広げた。
引退した身だが、貴重なファンの要望に応えないのは不義理だ。
それから俺たちは時間を忘れてポジティブ太一について語り明かした。
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