第34話 二人でお話

 ▽▽▽


 自室に戻った俺は中断していた作業を再開した。細かい髪の揺れや瞬きをした時の目の形、動いた時の顔の角度の調整など、所々に修正が必要だ。


 俺は操作に従って喜怒哀楽を振り撒く画面の中のキャラを見詰めた。何度見てもテレサにそっくりだ。そしてこれからテレサの魂が吹き込まれ、Vtuberとして活動していくのだ。


 テレサのVtuber活動に協力していく手前、本人の前では口が裂けても言えないが、本音ではあまりにも惜しい、と思っていた。


 テレサにはYouTuberとして人気者になれる素質が秘められている。金髪碧眼の美少女が日本語を流暢に話しているだけでも目立つし、彫りの深い眉目秀麗な顔立ちと、グラビアアイドル並みのナイスバディも併せ持っているのだ。そこに母性を感じさせる人柄と、天然で男を翻弄する魔性と、少し抜けてる天然な性格に大食いという、てんこ盛りの個性も上乗せされているのだ。日常生活を撮影しただけの動画でも再生数を稼げるはずだ。


 ところが、テレサは人気者になることを望まず、内面を評価してもらうためにVtuberになろうとしている。


「それを承知で協力するって決めたんだ。うだうだ考えても仕方ないか」


 やるからには人気者にしたい、というのは俺の我が儘だ。今やるべきことは目の前の仕事を終わらせ、できる限り早くテレサの活動を本格始動させることだ。その後のことはその時に考えればいい。


 明日が休みというのは僥倖だった。俺は零時を過ぎても作業に没頭した。


「よし、完成だ!」


 俺は伸びをしてから画面の右下にある再生ボタンをクリックした。キャラが独りでに角度を変えながら動き出した。何度見ても顔面に崩れはない。初めてやったにしては上々の出来だ。


 こうして眺めていると、テレサの面影がぴったりと重なり、まるでテレサが民族衣装を着て画面の中で動いているかのように見えてきた。


「やっぱり可愛いよあ……」


 テレサは今まで見てきた女子の中で一番可愛い。派手な見た目をしているが、根は良い子だし、テレサが彼女になったら毎日が楽しくなりそうだ。


「いかんいかん。俺はプロデューサー兼マネージャーなんだ。そういう目でテレサを見たらダメだろ」


 テレサは俺を信頼して声をかけてくれた。ママー・テレサとしてポジティブ太一を応援してくれた貴重なファンの一人でもある。その気持ちを裏切るわけにはいかない。


 作業終わりの疲労と充足感に浸りながらぼんやりしていると、扉がノックされた。


「私です。入ってもいいですか?」


 テレサの声だ。許可を出すと、パジャマ姿のテレサが部屋に入ってきた。

 

 さっきは梓に怒られていたせいでよく見えていなかったが、テレサのパジャマ姿に俺はごくりと喉を鳴らした。本来なら親しい間柄でなければ決して見ることは叶わない貴重な姿、それがパジャマ姿なのだ。家族以外の女子のパジャマ姿は思春期男子には刺激が強すぎる。


「夜遅くにすみません。部屋の明かりが点いてたので気になっちゃって」


「お、俺は別にいいけど、こんな遅い時間にそんな恰好で男の部屋に来るのはその、危なっかしいぞ」


「誰にでもこんなことするわけではありません。太一くんだから特別なんです」


 テレサは当たり前のように言ったが、俺は心臓の鼓動が高鳴るのを抑えられなかった。


 この手の発言を耳にしたのは一度や二度ではない。これは俺でなくても「俺に気があるのでは!?」と勘違いするのではないだろうか。


「あっ、ついに完成したんですね!」


 テレサは動作確認中のキャラを目にするとチェアの傍に立った。


「とっても可愛く仕上がってますね! 梓ちゃんもきっと喜びますよ! 大変でしたよね?」


「ま、まあな。でも良い経験になったよ」


「本当にお疲れ様です。太一くんと梓ちゃんがいなかったらここまで来られませんでした」


「安心するのはまだ早いぞ。テレサの出番はこれからだからな」


「はい! お二人の頑張りと期待に添えるように精一杯やらせていただきます!」


 テレサはぐっと拳を握ると、ぴょんと跳ねた。上下にたぷんと揺れた胸に目が吸い寄せられてしまった。男の子って何でこんな単純な作りしてるんだろ。恨むぜ、神様。


「……太一くんには本当に助けられてばかりですね。何だか申し訳ないです」


「そんなことないだろ。俺たちはこれからチームとしてやっていくんだ。申し訳なく思うんじゃなくてさ、こういう時はありがとうって言ってくれたほうが嬉しいかな」


 実際、助けられてるのは俺のほうだ。


 何の成果もあげられないまま泣く泣くYouTuberを引退し、抜け殻のようになっていた俺に新しい道を示してくれたのはテレサだ。感謝してもしきれない。


「あ、あの、私に何か太一くんにしてあげられることはありませんか? 機材を譲ってもらっただけじゃなくて、梓ちゃんまで紹介してくれて、お金のことまで面倒を見てもらって、こうして夜遅くまで私のために作業をしてくれて……お礼を言うだけでは申し訳ないんです」


 テレサがぐぐっと詰め寄ってきた。


 こんな美味しい展開になったら思春期男子が要求することは一つしかないが、恩を笠に着て十八禁な見返りを要求するのは唾棄して然るべき行為だ。こういう時に紳士然と振る舞うのが真の男というものだ。


 テレサは真摯な眼差しを俺に注いでいる。この様子では引き下がりそうにない。俺は紳士の面子を保った上でテレサが納得できるような要求が何かないか考え、ふと天啓を得たように一つ閃いた。


「そこまで言うなら、一ついいか?」


 俺が人差し指を立てると、テレサは姿勢を正して「何でしょうか?」と言った。


「俺を褒めてくれ」


「そ、そこまで言うなら……えっ、それだけですか?」


「ただ褒めるだけじゃないぞ。全力で褒めてくれ」


 テレサはしばらく呆気に取られていたが、はっと我を取り戻すと、斜め下を向いた。


「い、意外な答えでした……もっとすごいことを要求されるものかと……そうなってもいいくらいの覚悟はして来たのに……」


「何だそれ。一体何を要求されると思ってたんだ?」


「お前の魂をもらうぞ、とかですかね」


「もらってもどう使えばいいか分からないんだけど」


 俺が悪魔だったら使いようがあるのかもしれないけど。


「あとは生き血を寄越せとか」


「吸血鬼じゃねえんだ俺」


「や、やっぱり噛む場所はここですか?」


 テレサは肩にかかった髪をかき上げ、黒子がある首筋を見せてきた。


 何かエッチだ。もう吸血鬼だって嘘をついて噛み付こうかな。

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