第32話 かくれんぼ撮影
「いっぱい絵を描いてくれるのは嬉しいけど、梓ちゃんプロのイラストレーターさんだから大変なんじゃない?」
「私、テレサ先輩のためなら何でもします。キスもその先も、テレサ先輩が望むなら何でも……」
「正気に戻れこのバカ妹」
俺は梓の頭に軽く手刀を振り下ろした。やっぱり梓とテレサを二人きりにさせるわけにはいかないぞこれ。
「本当? そう言ってくれると嬉しいな。次は私がお金を払うね」
「あっ、それは大丈夫です。これから描く絵は成人するまでのお兄ちゃんのお年玉全部で手を打ちますから」
「俺から根こそぎ巻き上げるつもりかよ!?」
今年貰ったお年玉が俺の最後の取り分になるなんて夢にも思わなかったんだが。
「はい、ここから先はお兄ちゃんの仕事だよ」
梓はイラストのデータが入ったUSBメモリーを渡してきた。そうだ、これで終わりではない。Vtuberとして動かすためにはLive2Dで設定を付けなくてはならないのだ。
「任せておけ。絶対に可愛く動くように設定を組んでみせる」
「頼りにしてますね、太一くん」
「ねえねえテレサ先輩、私のことは?」
「梓ちゃんも頼りにしてるよ」
「やったー! ママ大好きー! お兄ちゃんは邪魔だから早く出て行ってよ」
「はいはい、分かってますよ……サンキューな、梓。良い仕事だったぞ」
「お、お兄ちゃんに感謝されても別に嬉しくないし!」
「あれ、顔が赤くなってるよ? 梓ちゃんは照れ屋さんなんだね」
「ち、違います! これはさっきママに甘えたときの名残で……」
「お前ナチュラルにテレサをママ呼ばわりするなよ。何かもう恐いわ」
言い方にまったく淀みがないのが本当に恐い。
「でも絵を描き続けてきたのは太一くんに上手だって褒められたのが嬉しかったからだって言ってたよね?」
「な、何で言っちゃうんですか! 秘密にしてって言ったのに!」
「ごめんね。口が滑っちゃった」
「絶対わざとですよね!? テレサ先輩のイジワル! ママのバカぁ! お兄ちゃんのエッチ!」
「俺何もしてねえ」
梓はぽかぽかとテレサを叩いている。確かに大昔にそんなことを言った覚えはあるが、それが梓のモチベになっていたとは知らなかった。現役JC神絵師を生み出したのは俺というわけか。お兄ちゃん鼻が高いぞ。
「お邪魔虫は退散しますかね」
俺はベッドの上で揉みくちゃになっている二人を尻目に部屋を後にした。
「さて一丁やってみますか」
部屋に戻った俺はパソコンにUSBメモリーを差し込み、イラストデータをコピーしてから、Live2Dを立ち上げた。細かい設定項目がずらりと画面に表示される。初見で見たら何が何だかさっぱり分からなかったに違いないが、予習をしていたおかげで大凡は理解できた。
「初めはこうだったかな」
俺はテンプレートにレイヤー分けされたイラストデータを紐付けた。これだけでもそれらしい動きが付くようになったが、ここからさらに細かく設定を組み込んでいけば、より微細な動きを表現できるようになる。
俺は時間を忘れて作業に没頭した。ああでもないこうでもないと錯誤しながら設定を組んでいくも、時刻が午後十時を回っていることに気付いてはたと我に返った。
「やば、テレサを家まで送っていかないと!」
俺は作業を中断して梓の部屋に顔を出したが、そこには誰もいなかった。一階に降りてリビングも確認してみたが、雲隠れしたかのように二人の姿はなかった。
「あの二人どこに行ったんだ?」
テレサが俺に声をかけずに帰ったとは考えにくい。梓がいないのも気になる。
玄関にはテレサの靴が残っていた。家にいるのは間違いない。
ひょっとして二人してどこかに隠れていて、俺を脅かそうとしているのだろうか。
なるほどそういうことか。俺はスマホを構えて撮影を始めた。
「やあ、みんな。ポジティブかい? すべてをポジティブに解釈する男、ポジティブ太一が一夜限りの復活を果たしましたよ。テレサと梓からかくれんぼの挑戦を受けたからこれから見付け出そうと思います。この動画はあれだ、ネットに公開しないで俺個人の思い出用に取っておくつもりだ。いや誰に説明してるんだって話だよな」
YouTuber時代と同じ前置きをしたのは癖だった。未練がましくて自分が嫌になるが、それはさておき、押入れから刺すと引っ込むオモチャのナイフを引っ張り出した俺は、映画の快楽殺人鬼を意識した薄気味悪い笑みを浮かべなから「どこにいるのかなー?」と口にし、スマホとナイフを握った状態で家の中を徘徊した。二人は今頃俺の声を耳にして物陰で震えているに違いない。
ふと物音がした。二人のどちらかが恐怖に耐えかねて身動きを取ってしまったようだ。俺は奇声を交えた笑い声を上げながら洗面室の扉を開け放った。
「みーつけ……た……」
その場で凍り付いた俺は手に持っていたナイフを落とした。
目の前に裸のテレサが立っていたのだ。
俺は大口を開けたまま無意識の状態で頭の天辺から足の爪先まで舐め回すようにテレサをスマホで撮影した。
玉のような肌にほんのりと赤みが差している。湯上りで火照った表情は平時にない色気を帯びている。濡れそぼつ金髪には水も滴る良い女とはこのことかと思わせる説得力がある。すっぴんとは思えない美貌に加えて、胸の存在感と言ったらもうとんでもない。流麗な線を描く肢体は見る物すべてを魅了する、歴史に名を残す芸術家が製作した彫刻品のように美しかった。
テレサとカメラ越しに目が合った。テレサはきょとんとしている。まだ状況を飲み込めていない様子だ。
俺は試しに頬を叩いた。痛みがある。ワンチャン作業中に疲れ果てて眠って夢を見ている可能性もあったが、その線は完全に消えた。
「テレサ先輩どうかしま……」
浴室から出てきた梓は俺を見るなり固まった。
「嫌あああああ!」
俺は悲鳴を上げた。
「悲鳴を上げたいのは私たちのほうなんだけど!?」
「お、終わった! 俺の人生終わった! 同級生と妹の裸を見た撮影したド変態として逮捕されて戸張家の末代まで一族の恥晒しだって語り継がれていくんだ! 俺は何て取り返しの付かないことをしてしまったんだ!」
「お、落ち着いて下さい。そこまで大事にはなりませんから……」
「またテレサのあられもない姿を見てしまうなんて……俺は何てラッキーな男なんだ……この運を引き換えに人生が終わるなら本望だ……」
「その話は蒸し返さないで下さい!」
「また!? またってどういうこと!? お兄ちゃん説明して!」
「梓ちゃんも落ち着いて! とりあえず太一くんは早く出て行って下さい!」
テレサに背中を押し出された俺はそのまま洗面室から締め出されてしまった。
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