第31話 イラストの完成

「俺の知らないところでこんなに盛り上がってたんだな」


 俺はスターライト所属のVtuberの中でチャンネル登録数トップを誇っている女性Vtuberの体験レポート配信を見ながらぼやいた。Vtuberは既に知らない者がいないほどに世間で存在を広く認知されている。そう実感したのは、クラスメイトの大半がVtuberの配信を見ていると耳にしたからだ。自分だけ時代に取り残されたような気がして物寂しい思いを抱いたものだが、一部でVtuberを揶揄する声も上がっている。それだけ注目度が高まっているという証拠なのだろう。


「普通に面白かったな」


 動画を観終えた俺はチェアに背中を預けた。トップに立つだけのことはある。そう思わせるほどの軽快なトークで上手いこと配信を盛り上げていた。


「本人の面白さも人気の理由だろうけど、やっぱり大手事務所の力があるのも強いよな」


 大手事務所に所属しているVtuberには箱推しのファンが付いており、ネームバリューの恩恵と事務所のバックアップに与って幅広い活動をしている。ラジオ・テレビ・CM出演だけに留まらず、お菓子メーカーとタイアップした商品の販売や、大手コンビニとのコラボ、アニメとゲームにゲスト声優として出演するなど、俺が想像していた以上に手広く活動している。この辺りはVtuber個人の努力と、会社の手腕が合わさって獲得した案件といったところだろうか。


 V界隈は企業勢が圧倒的な勢力を誇っている。何の後ろ盾もコネもない個人勢がこのVtuber全盛の時代で名を上げるのは至難の業だ。そういう意味ではテレサは恵まれている。現役JC絵師として業界で名を馳せている梓にキャラデザを依頼できたのだ。多少の話題にはなるはずだが、テレサは人気者になろうとしているわけではない。


 世の中に疲弊した人たちに憩いの場を提供し、幸せの輪を広げていき、みんなを元気にしたい。Vtuber活動を通じて内面を評価されたい。それがテレサの望みだ。


「どうせやるならテレサを人気者にしたいなんてのは、俺のエゴだよな」


 自分が人気者になれなかったから代わりにテレサを、というのは押し付けがましい行為だ。優先すべきはテレサの意思だ。俺はそれを尊重してサポートに徹すればいい。


 これからの配信の企画と脚本についてあれこれと頭の中で練っていると、梓の部屋からテレサの悲鳴が聞こえてきた。


「どうした⁉ 何かあったのか⁉」


 自室を飛び出した俺は、向かいにある梓の部屋の扉を蹴り開け、文字通り転がり込んでから手をピストルに模った。


 テレサと梓はパソコンの前で目を点にしている。


 大事なさそうだ。俺はスマホを耳に添えた。


「俺だ。人質を救出した。ヘリの用意を頼む」


「何その入り方!? 本当にびっくりしたんだけど!」


「それより敵はどこだ? 倒すまで油断はできん!」


「そういうのいいから! それより勝手に入って来ないで! せめてノックくらいはしてよ!」


「さっき足でノックしたぞ?」


「それノックって言わないから! 本当信じられない! 女の子の部屋に無断で入るなんてデリカシーがないにもほどがあるよ!」


「いや本当にそれは悪かったと思ってるけど、さっきの悲鳴は一体何だったんだ?」


「ごめんなさい。つい興奮して悲鳴を上げてしまいました……」


 テレサは恥ずかしそうに両手を頬に添えた。


「「可愛い」」


 俺と梓は声を揃えた。ついで顔を見合わせてから、どちらからともなく咳払いをして誤魔化した。


 俺は室内をぐるりと見渡した。明るい色調の家具が整然と並べられており、ぬいぐるみやら自作のイラストやらがあちこちに飾られていた。


 梓の部屋を見るのは随分久しぶりだ。思っていたより清潔に保たれている。誰かが押し入った様子はない。何故テレサが悲鳴を上げたのか見当が付かない。一体どういうことなんだ?


「それよりこれを見て下さい!」


「これってどれのことだ?」


「だから勝手に入ってこないでよ!」


「はいはい。俺を部屋の中に入れてくれませんか?」


「良いよ。お兄ちゃん大好き」


「デレるタイミングおかしくねえか?」


「何本気にしてんの? マジキモイ!」


「お前の方が顔真っ赤じゃん」


「そ、そんなことないし! お兄ちゃんの方が顔真っ赤だし!」


「二人とも本当に仲良いですね」


 そっちだろ論争を繰り広げる俺と梓をテレサは温かい目で見守った。


 何はともあれ、梓から入室の許可を得た俺は、テレサの手招きに従ってパソコンの前に移動したが、花のように甘い匂いがしてぎょっとしてしまった。女子が二人集まっただけでこんなに良い匂いがするのか。俺は無意識に膨らんでしまった鼻の穴を引き締めた。


「どれどれ……」


 パソコンに目を凝らしてみると、そこには布面積の少ない民族衣装に身を包んだ金髪緑眼の美少女のイラストが映し出されていた。無駄のない線で描かれた線画に、絶秒な皺と陰影が付くことで立体感が増しており、レイヤーを何枚も重ねて表現された色合いは素人では表現できない仕上がりになっている。


 俺は感嘆の息を漏らした。イラストコンクールで大賞を受賞してプロになっただけのことはある。これまで宣伝を兼ねてイラストが出来上がるまでの過程をツイートしてきたので原形は知っていたが、完成品を目の当たりにすると感動は一入だった。


「ついにイラストが完成したんですよ! 梓ちゃんが頑張ってこんなに可愛く仕上げてくれたんです! これを見て興奮せずにはいられませんよ!」


 テレサは小躍りしている。なるほど、それで興奮して悲鳴を上げたのか。


「テレサ先輩のためだって思ったら俄然やる気が出ましたよ。多分今まで描いた絵のなかで一番力を入れたんじゃないかな」


「梓ちゃん本当にありがとう! よく頑張ったね! とっても偉いよ! すっごくお利口さんだよ!」


 テレサは梓を抱き締めてこれでもかと頭を撫でた。梓は溶けたアイスみたいにとろけ切っている。こいつもうテレサ無しじゃ生きられないんじゃないか。


「こ、これからもどんどん新衣装を追加していきますからね! 夏は水着、冬はミニスカサンタコス、これでもかってくらいエッチな衣装をテレサ先輩に着てもらいますからね。うひ、うひひ……」


「お前リアルと絵の区別が付かなくなってるぞ」


 テレサに着せてどうすんだ。俺も見てみたいけど。


「まあ、区別が付かなくなるのは分からなくもないか」


 俺はイラストをまじまじと観察した。出来上がったイラストはテレサに瓜二つだ。

 

 この服をリアルのテレサが着たら、何てことを妄想した俺は首を左右に振った。プロデューサー兼マネージャーとしてテレサをそういう目で見てはいけないのだ。意識しちゃいけないんだ。

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