第29話 放課後

 ▽▽▽


 翌日、俺は学校でテレサと顔を合わすことができなかった。テレサも気まずいようで、廊下でばったり出くわすと俺を避けるように走り去って行った。


 目を瞑ると、昨晩の光景が鮮明に蘇ってくる。ただでさえテレサは群を抜いて可愛いのだ。あんな姿を見てしまったら余計に意識してしまう。


「だからってこのままにしておくわけにはいかないよな」


 テレサはVtuberデビューを控えている身だ。俺はプロデューサー兼マネージャーとしてテレサをサポートしていく立場だ。デビュー前から気まずくなるようでは今後の活動に支障をきたしてしまう。


 早めに話し合って関係を修復しなくてはならないところだが、焦りは禁物だ。恥ずかしい思いをしたのはテレサのほうだ。テレサもこのままでは良くないと思っているはずだが、独占生配信は昨日の出来事だ。今は気持ちの整理がついていない状態に違いない。


 ほとぼりが冷めるまで時間を置くことも必要だ、と思っていると、テレサからメッセージが届いた。


『放課後校門の前でお待ちしてます』


 まさかテレサから先手を打ってくるとは思わなかった。どうやら俺が想像していた以上にテレサは冷静だったようだ。俺は了承の旨を返し、ほっと安堵の息を吐いてから昼食の焼きそばパンを平らげた。


 放課後、俺は校門の前でテレサが来るのを待った。


 時間の指定がなかったので、授業が終わった瞬間に教室を飛び出してきた。待ち合わせで女の子を待たすのは有り得ない。昔梓と駅前の本屋に買い物に行く約束をした際に寝坊をかまし、こってり絞られた時に学んだことだ。


 夕焼け空の下、俺は校門を出て行く生徒たちに「真っ直ぐ家に帰れよー」と先生ムーブをかましながら、首を長くしてテレサの到着を待った。


 そして、何の気なしに移した視線の先に、木陰から顔半分を覗かせながら俺をじっと見ているテレサを発見した。


「そんなところにいないでこっちに来いって」


 俺は平静を装って手招きしたが、頭のなかはテレサの裸でいっぱいだった。男の子に生まれてきてごめん。


「……お疲れ様です」


 テレサはおずおずと歩み寄ってきた。


 そんな反応をされるとこっちも困る。目を合わすのも気恥ずかしいが、そんなことを言っている場合ではない。俺は深々と頭を下げた。


「昨日は嫌な思いをさせてごめん」


「な、何を言ってるんですか。太一くんは何も悪くありません。悪いのは私の方で……」


「本当に悪かった。ムショで反省してくる」


「いやいや、そんな大事じゃないですから……太一くんがいなくなったら困ります」


「俺がまだYouTuberだったら〈覗きで捕まってみた〉ってタイトルで警察署に自首するのを動画にしてたかもな」


「そんなことしたら炎上しますよ!」


「だよな。そういうのはやらないのが吉だ」


「その通りです。太一くんはそういう過激なことはやってなかったじゃないですか」


「ああ見えてコンプライアンスには気を遣ってたからな」


 炎上系や迷惑系に舵を切って知名度を稼ごうとするほど俺は捨て身になれる立場ではない。これでも家族と自分の将来に暗雲が立ち込めるような行動はしないように意識しながらYouTuber活動をしていた。テレサのこれからについてもしっかり考えているつもりだ。


「き、昨日の話はこれでお終いにしましょう」


「そう言ってくれると助かるよ」


「昨日見たこともすべて忘れて下さい」


 俺は黙り込んだ。どう考えてもそれは無理だ。その場凌ぎの嘘でも了承できなかった。


「そ、そろそろ行くか」


「そうですね」


 学校を出た俺たちは、燃えるような夕焼け空を背景に歩を進めた。


 思えば、いつの間にかテレサと登下校するのが当たり前になっていた。行きと帰りで使う駅が同じでこれから活動を共にしていく仲だ。行動を共にするのは自然な流れだが、周りは俺たちをどう見ているのだろうか。付き合ってるなんて噂をされたら、俺としては光栄だが、テレサはどう思うだろうか。嫌な思いはさせたくない。後でその辺りについても話し合った方がいいかもしれない。


 この日も俺たちは帰宅ラッシュの電車に乗り込み、家から最寄りの駅で降りてから、人の行き来がまばらな改札を出た。


「気になってたんですけど、太一くんっていつも改札から遠い階段を使ってますよね。何か理由があるんですか?」


 予期していなかったテレサの質問に俺は思わずその場で立ち止まった。


 テレサの言う通り理由はある。


 改札に一番近い階段があるホームを見ていると、否応なくあの日のことを思い出してしまうからだ。


「……ちょっとな。そのうち話すよ」


 テレサは俺の語調から何かを察したのか、それ以上は言及してこなかった。


「言い忘れていましたが、今日は太一くんの家にお邪魔しますね」


「えっ? どうしてまた急に?」


「梓ちゃんに来てほしいって言われたので。ご迷惑でしたか?」


「まさか。テレサならいつでも大歓迎だ」


「家族旅行で家に誰もいない時にお邪魔してもいいんですか?」


「それ空き巣だから。絶対やったらダメだから」


「そんなことしませんよ。太一くんのパソコンって高そうですよね?」


「盗む気満々じゃん」


 冗談交じりの雑談をしながら歩いているうちに家が見えてきた。テレサと話していると時間が早く過ぎていく。こういうのを相対性理論がどうとか言うんだよな。


「テレサ先輩いらっしゃい!」


 家の扉を開けると、飼い主の帰りを待ち侘びていた子犬のように梓がテレサに飛び付いた。


「お邪魔します。梓ちゃんは今日も元気いっぱいだね」


「テレサ先輩が来てくれるってなったらそれはもう元気になりますよ!」


「そうなの? 嬉しいな。いつも仲良くしてくれてありがとう。絵もたくさん描いてて偉いね。よしよし」


「はう……てれしゃしゃんぱいににゃでにゃでしゃれるのしゅきぃ……」


 梓は鼻の下をこれでもかと伸ばした顔でテレサの胸に頬擦りをした。そんな顔で胸に顔を埋めても許されるのはお前がJCだからだぞ。俺がやったらアウトなんだからな、羨ましい。


 梓とテレサは今やすっかり仲良しだ。俺の知らないところでも頻繁にやり取りをしているらしい。仲睦まじいのは良いことだが、梓が何かやらかさないか心配だ。

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