第27話 これからに向けて

 ▽▽▽


 テレサを家に招いた日から早くも一週間が経過した。その間も俺はテレサのVtuberデビューに向け、メッセージだけでなく学校でもテレサと入念に打ち合わせをするようになった。


 俺がテレサと行動を共にするようになった途端、クラスメイトから怒涛のように質問を浴びせられるようになった。1ヵ月前に転校してきた金髪碧眼の美少女。男子だけでなく女子も気後れして尊ぶように遠目から見てきた高嶺の花と俺が親し気にしているのだ。気になるのは至極当然だった。


 テレサとの事前の話し合いの結果、俺たちはラーメン屋で知り合ったという話で通すことになった。周りにそう話すと「何故ラーメン屋?」と誰もが首を傾げていた。テレサとラーメンがいまいち結び付かないのだろう。初代完食者の写真を見たら引っ繰り返るんじゃないかな。


 テレサが俺のファンだったことや、テレサのこれからの活動については一切話さなかった。有名になれば身バレする可能性もあるが、デビュー前に顔見知りに知られるのは恥ずかしい、というテレサの意向を尊重し、黙っていることにしたのだ。


 それだけに留まらず、学内にはテレサのファンクラブが発足していた。そのメンバーに呼び出しを受けた俺は「テレサ様に関わるな」と釘を刺されたが、そんなの聞いてやる義理はない。ポジティブ太一のチャンネル登録をしてた奴の言うことなら聞いてやる、と言い返した。全員俺に頭を下げて去って行った。何でだよ。


 テレサの登場で俺の生活は良い意味でがらりと変わった。放課後はテレサを家まで送り届けるのが日課になった。家に帰ると、いつもリビングでスマホを弄っていた梓は自分の部屋でテレサと通話をすることが多くなった。ただの雑談ではない。リアルタイムで絵の進捗状況を確認し合い、意見を交換しながらイラストのデザインを練っているのだ。たまに意見を求められるが、そこは二人に任せると決めているので、口出しはしなかった。


 俺は俺でやることがたくさんある。基本的なSNSの運用と動画編集はYouTuber時代に学んだが、Vtuberに関しては門外漢だ。今後どういう活動をしていくのか、テレサと話し合いながら企画の考案と脚本の作成に勤しんでいる。実はVtuberにも脚本が用意されていることに俺は驚いたが、テレビにも放送作家が付いているのだ。キャラクターのイメージと設定を崩さないために必要なのだろう。この手の作業は初めてなので頭を悩ませることもしばしばあるが、やり甲斐が勝って充実した日々を過ごしている。


 Twitterでの宣伝も既に開始している。アカウントはテレサと二人で共有して運用し、テレサは何気ない日常のことをツイートし、俺はマネージャーを名乗って一人のvtuberが生まれるまでの進捗状況をこまめにツイートしている。アイコンは下書きの絵を使っている。この調子で出来上がるまでの過程を載せていくつもりだ。


 これで少しでも注目を集められれば御の字だが、幸運なことに学生限定のイラストコンクールで大賞を受賞してプロになった現役JC絵師の梓がデザインを担当するということで想像以上の話題を呼び、たった一週間でTwitterフォロワー数が3000人を超えた。先駆けて開設したYouTubeチャンネルもまだ動画を投稿していないのに登録者数600人を超えている。梓も宣伝には乗り気で自身のアカウントで頻繁にテレサを話題にあげている。ツイッターでの二人のやり取りも好評だ。それでファンになった人もいるくらいだ。


 イラストが完成した後はLive2Dにデータを取り込んで動きを付ける作業が待っている。そこは俺の担当だ。教本は既に入手しており、隈なく読み込んでいるところだ。初めは何が何だかさっぱり分からなかったが、本に付属されているサンプルデータの設定と、その動きを確認しているうちに何となく要領が掴めてきた。覚えることもやることも山積みだが、とりま挑戦が座右の銘の俺には願ってもない状況だった。


「今日はここまでにするか」


 俺は教本を閉じ、背もたれに寄り掛かって伸びをした。


 ぼちぼち風呂にでも入ろうか、と思っていると、スマホが振動した。テレサからの電話だった。


「はい、もしもし」


『こんばんは。今お話ししても大丈夫ですか?』


「もちろん。何かあったのか?」


『いえそういうわけでは……太一くんの声が聞きたいなーと思って電話しました』


「何だそれ。悩み相談かと思って身構えたぞ」


『何と言うか、たまには普通のお話がしたいなと思いまして。ここのところ今後の活動のことばかり話していたので』


 確かに会う度デビューに向けての打ち合わせばかりしていた。俺としてはテレサのような美少女と話をできるだけで光栄なのだが、テレサはどことなく物寂しく思っていたようだ。というかテレサの声がやけに間延びしている。今どこにいるんだろ。


「そこそこ注目が集まってるからな。気合いが入るよ。まだ動画をあげてもいないのに俺よりチャンネル登録数が多いのはすごいことだぞ」


『太一くんと梓ちゃんのおかげです』


「梓はともかく俺はどうだろうな。俺が本領を発揮するのはこれからだからな」


 企画の考案に脚本の執筆、イラストを可愛く動かせるようにLive2Dの勉強をする。やることは山のようにある。


『期待してますね。私はポジティブ太一の動画が大好きですから』


「そう思ってもらえて嬉しいよ」


『私はあれが好きでした〈ゲートボールに参加して無双してみた〉』


「あったなー。準備と片付けを全部俺が一人でやる代わりに仲間に入れてくれってお爺ちゃんたちに頼んだっけか。結局無双どころか俺が一番下手で教えてもらうことになったんだよな」


『終わった後のお茶会でお爺ちゃんが戦後の貧しい時代を語ったとき、太一くん大泣きしてましたよね』


「急に語り出したからびっくりしたよ。しかもあのお爺ちゃんちょっとボケてたから余計に泣けたわ」


『実を言うと、私も泣いちゃいました。そう考えると私たちは恵まれた時代に生まれましたね』


 テレサの言う通りだ。先人の功労があって今の時代がある。あの動画を機にお年寄りへの敬意は忘れてはならないと強く思ったものだ。


『〈猿の檻の前でこれ見よがしにバナナを食べたらどうなるか?〉とかありましたよね』


「あれは酷い目に遭ったな。くれくれって強請ってくる猿を無視して食べてたらブチ切れられてうんこを投げられたからな」


『不謹慎かもしれませんけど、太一くんの顔に当たった時、笑っちゃいました』


「あれは笑いを取りに行った企画だからその反応で間違いないぞ。動物園の人に怒られて謝り倒したけど……本当に俺の動画を観てくれてたんだな」


『私はポジティブ太一の古参ガチ勢ママー・テレサですから』


「……そうだったな」


 俺は昔を懐かしむように微笑んだ。


 YouTuber活動をしていた期間は多忙を極めていた。辛いこともたくさんあったが、宣言通り100日間連続動画投稿を成し遂げることができた。結局チャンネル登録数1000人に及ばず引退することになり、しばらくは苦い失敗の記憶として俺の心に影を落としたが、時間を経てこうして振り返ってみると、良い思い出に変わっている。これが思い出補正というやつなのだろうか。

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