第24話 この子実は……

「そんなところで何をしてるんだ?」


 俺が腕組みしながら訊ねると、梓は気まずそうに目を逸らした。


「め、めんつゆ持ってきたよ」


「お茶持って来いよ」


 俺はともかくテレサに何を飲まそうとしてるんだ。いや俺も良くないけど。


「はいはい盗み聞きしてました! ごめんね! これで満足⁉ お兄ちゃんのエッチ!」


「最後関係ないだろ」


 身に覚えがなさすぎる。


「でもこれで手間が省けたな。丁度お前を呼ぼうと思ってたところだ」


「えっ? 何で? ゲームでもして遊ぶの?」


「良いなそれ。いつもソロプレイばかりだから誰かと協力したり対戦したりするのも楽しそう……いやいやそうじゃなくて」


 俺はかぶりを振った。女子とゲームで盛り上がるとか楽しそうで仕方がないが、今日は遊ぶのが目的ではない。


「俺たちの話をどこまで聞いてたんだ?」


「お兄ちゃんが「辛抱たまらん!」って叫んでたのは聞こえてたよ」


「そんな台詞で女子に飛び掛かるのは悪代官くらいだ」


「あの、さっきの話と梓ちゃんに何か関係があるんですか?」


 テレサが挙手した。関係大ありだ。


「梓は絵が描けるんだ」


 梓は幼稚園の頃から絵を描き続けている。それもかなり上手い。学生限定のイラストコンクールで大賞を受賞し、中学生でありながらプロのイラストレーターとして活動している。イラスト投稿サイトにアップした絵も結構な数のいいねとブクマが付いており、Twitterフォロワー数も10万人を超えている。絵の技術は大人のプロと比較すると見劣りするものの、現役JCイラストレーターという肩書きが話題を呼んで人気を博しているのだ。


 諸々をテレサに説明すると、梓はわなわなと震え出した。


「ち、ちょっと待って……私お兄ちゃんに活動のこと話した覚えがないんだけど……」


「俺も聞いた覚えはないぞ」


「だったら何でそこまで知ってるの……?」


「実の兄をナメるなよ? ちょちょいと調べればお前のSNSアカウントを特定するのは容易だったぜ。なあ? あずま猫先生?」


 薄気味悪い笑みを浮かべて見せると、梓は俺の枕を手に持ち、これでもかと俺に叩きつけてきた。


「キモい! 本当にキモイ! 信じられない! 妹のアカウント特定して監視するとか有り得ないんだけど! コンクールの賞金全部お兄ちゃんをプライバシーの侵害で訴える裁判の資金に使うから! 絶対にブタ箱にブチ込んで臭い飯食わせるから!」


「どこでそんな言葉を覚えてくるんだ。大体お前脇が甘すぎるんだよ。あれじゃ俺でなくても簡単に特定できるぞ」


「脇が臭いお兄ちゃんに言われたくない!」


「く、臭くない! 俺の脇は臭くない! 臭くないんだああ!」


「それ臭い人の台詞だし!」


 俺と梓は取っ組み合いになった。俺は程々に手を抜いたが、梓の鋭いタックルで押し倒されてしまい、馬乗りになった梓は漫画みたいに腕をぐるぐるさせながら殴りかかってきた。全然痛くなかった。


 それはそうと、ネットでの梓の振る舞いには危機感を覚える。友達と撮った写真を絵文字で隠してアップしているが、背景を見れば地元の人間ならどこなのか大体分かる。それ以前にプロフィール欄に出身地を記載している有様だ。フォロワーを辿って行けば梓以上にネットリテラシーが低いリア友を突き止めることができ、そこから情報を引き出すこともできる。危なっかしいことこの上ない。


 とか言いつつも、出版社から梓宛てに送られてきた封筒の中身がリビングに放置されているのを発見したことで特定できたのが事の真相だ。今回は注意喚起のためにはったりをかました次第だ。お兄ちゃん本気で心配してるんだぞ。


「これに懲りて今後はもっと警戒心を持つことだな。今回は俺だから良かったけど、世の中には危ない人間がたくさんいるんだ。お前くらい可愛かったらどんな輩が付きまとうか分かったもんじゃない。いつでも俺と親父が守ってやれるとは限らないんだぞ」


「いい話風に持って行こうとしても妹のプライバシーを覗いた最低な事実は消えないからね!」


「それについては謝る。本当にごめん」


「……反省してるならいいけどさ……私が怒ってるのは勝手に調べたからだからね。言ってくれれば教えてあげても良かったのに」


「そうなのか? てっきり嫌がられるかと思ったんだけど」


「別に見られて困るような活動してないし。顔も本名も知らない人に絵とツイートを見られても平気なのにお兄ちゃんはダメってのもおかしな話だしね」


 梓は毛先を人差し指でくるくると回した。信用されてるのかされてないのかどっちなんだろ。


「梓ちゃん絵が描けるんだ! すごいね! どんな絵を描いてるの?」


「そ、そんな大した絵は描いてないですよ」


「見てみたいなー。見せてくれないかなー?」


「そこまで言うなら……あっ、お兄ちゃんは見ないで! 部屋から出て行って!」


「見られても平気じゃなかったんかい。それにここ俺の部屋ね。まあいいけど。それじゃお前の部屋で待ってるわ」


「ふざけんなし! やっぱりここにいて! 部屋の隅に居て!」


「はいはい、分かったよ」


 俺は部屋の隅にちょこんと座り込んだ。


「これがこの間描いた絵で……」


「わー! すごい! 絵上手だね! 私絵が描けないから羨ましいよ!」


「そ、そんなことないですよ……うひひ」


 梓がスマホに保存している自作イラストを見せると、テレサは大袈裟な反応を示してこれでもかと褒めちぎった。初めは恥ずかしがっていた梓も褒められて興が乗ってきたのか、この絵を描き上げるのに何時間かかった、資料集めが大変だった、などの創作秘話を語り始めた。それにしてもテンションが上がると笑い方が気持ち悪くなるのは相変わらずだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る