第23話 作戦会議②
「さて、ここからが本題だ」
俺はデスクチェアを半回転させ、勇者の到来を待ち構えていた魔王のような佇まいでテレサと向き合った。テレサは座布団の上で正座をし、俺の視線を真っ向から受け止めた。なるほど、いい面構えをしているが、これだけで良し悪しを判断するのは早計だな。
「……俺と組もうってことは、企業Vtuberとしての道は捨てると考えていいんだな?」
「はい。これからは個人勢としてやっていくつもりです」
「何度もオーディションを受けて合格した人もいるって聞いたことがある。テレサなら正攻法で挑めば次は必ず合格できる。それだけのポテンシャルがあると俺は思ってる」
「褒めていただけて嬉しいです」
「それでも、その道を捨ててでも、俺と組む……本当にそれでいいのか? V界隈についての知識はまだ浅いけど、個人勢でやっていくのが茨の道だってことくらいは俺でも分かる」
V界隈は大手事務所のスターダストとディアボロスが絶対の双璧をなしている。その下に中小の事務所が存在し、個人勢はそのさらに下、言葉は悪いが最底辺に位置しているのが現状だ。
「覚悟の上です。私は人気を得るよりも挑むことに意義を見出しています」
「問題はそれだけじゃない。元底辺YouTuberの俺を相棒にするのは得策とは言えない。自分でやってダメだった男だからな」
「私はダメだったなんて思っていません。確かに有名にはなれなかったかもしれませんが、私は太一さんの動画を観て勇気をもらいました。他のファンの人たちもそうです……実を言うと、太一さんとは以前から組みたいと思っていたんです。いつかどこかのタイミングでお声かけするつもりでしたが、太一さんが引退すると聞いて考え直しました。引退してからずっと落ち込んでいましたし、ご迷惑にならないようにと考えてディアボロスに応募したんです」
「なるほど、そういう流れだったのか」
俺は唸った。安定した企業より俺に可能性を感じてくれるのは身に余る光栄だが、俺のどこにそう思わせるほどの魅力を感じたのか気になるところだ。しかし今はそんなことを考えている場合ではない。
YouTuberとは全く違うVtuberの世界で俺の知識と経験が役に立つかは未知数だ。正直、あまり役に立てないのではないかというのが本音だ。
「こうして太一さんと色々とお話させていただいて、正直安心しました。スターダストに応募したと聞いた時は、まだ太一さんの情熱は消えていない、前を向こうとしているんだって、励みなりました……改めて言わせていただきます。どうか私をプロデュースしていただけませんか?」
テレサは決然とした表情で言った。
俺は唇を緩めた。覚悟のほどを問うために脅しをかけてみたが、どれも通用しなかった。
こうなってしまっては仕方がない。女子に期待を寄せられて応えないのは俺の流儀に反する。
「分かった。そこまで腹が決まってるならこれ以上は何も言わない。これからよろしくな、テレサ」
「はい! 不束者ですが、どうぞよろしくお願いします、太一さん!」
「良い返事だ。でも組むと決まったなら真っ先に変えなきゃならないことが一つあるな」
「変えなきゃならないこと、ですか?」
「太一さん、だと他人行儀だろ? これからは太一って呼んでくれ」
信頼関係を深めるために名前の呼び方を変えるのは重要なことだだ。いつまでもさん付けだと遠い距離に感じてしまう。
「い、いきなりそんなことを言われましても……」
テレサは恥ずかしそうに俺から顔を逸らした。名前呼びは親しくなれたようで結構嬉しく感じられるはずだが、テレサはそうではないようだ。小学生の頃はあんぽん太一って呼ばれてたから普通に呼ばれるのは余計に嬉しく感じる。
「ちなみに敬語もなしだぞ。丁寧語か? まあどっちもだ」
「そ、それは無理です! 年下の子以外とは敬寧語で話さないと落ち着かなくて……」
「敬語と丁寧語が混ざってるぞ」
あるって言われたら信じそうなくらいにはありそうだな、敬寧語。
「それなら無理強いはしないけど、名前呼びだけは譲らないぞ」
「そ、そこまで言うなら、分かりました……」
テレサは深呼吸をしてから、絞り出すようにこう言った。
「た、太一……くん……?」
胸がきゅんと引き締まった。まさかくん付けされるとは思わなかった。
「や、やっぱり男の人を呼び捨てにするのは抵抗があるのでこれで勘弁していただけませんか……?」
テレサは恥じらうようにもじもじしている。何だかこっちも照れ臭くなってきた。
「ま、まあ、急な話だったしな。テレサが呼びやすいように呼んでくれればそれでいいんじゃないかな」
俺は人差し指で頬を掻いた。何やら小っ恥ずかしい空気になってしまった。これから作戦会議をしよういうのにこれでは締まらない。
それにしても、良いな。くん付け。今までは名字か名前を呼び捨てにされるか、あんぽん太一って呼ばれるかだったからな。誰があんぽん太一だ、腹立つな。このあだ名付けた奴は一生許さんぞ。
「そ、そろそろ作戦会議を始めるとするか」
「は、はい! そうしましょう!」
テレサは背筋をぴんと伸ばした。
「イラストを誰に描いてもらうとかは決めてるのか?」
俺とテレサは絵が描けない。となると誰かに依頼するしかないが、プロのイラストレーターの大半は個人からの依頼を受け付けていない。金銭面でのトラブルが多い上に版権の問題もあって疎遠されてしまうようで、仮に引き受けてくれてくれる人がいたとしても、学生の小遣いで支払えるほど依頼料は安くない。テレサが思い描いているイメージを明確に絵に起こすのはイラストレーターにとっても多大な労力がかかるし、連絡のやり取りも多くなる。その過程でイメージに差異が生じて話が合わなくなっていざこざに発展する場合も考えられる。
そういうわけで、見知らないプロに依頼するのは現実的ではない。以上を語ると、テレサも重々承知しているようで一つ頷いた。
「問題はそこですね。プロの方に拘らなければ引き受けてくれる方はいるでしょうけど……」
「個人間の交渉を円満に成立させるのは俺たちにはハードルが高い。いきなり連絡を取り付けてやり取りするのはお互いにとって手間だしな」
「知り合いに絵を描ける人がいればその人に依頼するのが望ましいですけど……」
「実を言うと、それについては一人心当たりがあるんだ」
忍び足で扉に近付いてから勢い良く開けると、梓が室内に倒れ込んできた。
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