第22話 作戦会議①

「ただいまー」


 俺は玄関の扉を開けた。テレサは後から「お邪魔します」と言って入ってきた。

すると、リビングからがたがたと物音が聞こえてきた。


「い、今の声って……」


 梓がリビングの扉の隙間から恐る恐るこちらの様子を窺ってきた。


「こんばんは」


 テレサがひらひらと手を振ると、梓は呆気に取られた顔でスマホを落とした。


「お兄ちゃん……どうして誘拐なんかしたの⁉」


「お邪魔しますって言ってただろうが」


「ちゃんと事情を説明して! 空から美少女が降ってくるのを期待して待ってるだけのお兄ちゃんが彼女を連れて来るなんて明日には地球に巨大隕石が落ちてくる緊急事態だよ! 爆破して軌道を逸らさないと!」


「親父とおふくろが初デートで見に行った映画だろそれ」


 俺も再放送で何度か見たことがある。


「初めまして。天宮テレサです。よろしくね」


 テレサは笑顔で手を差し出した。梓は眩しい光に照らされたように顔を両手で隠した。


「お兄ちゃん目が、目がぁ~!」


「お前の映画ネタ古いのばっかだな」


 世代ではないはずだが、名作映画として年に一度は再放送されているから知っていても不思議はない。もちろん俺も知っている。


「と、戸張梓です……よろしくお願いします……」


 今し方騒いでいたのが嘘のように、梓は俺の背中に隠れた。梓は昔から身内以外には人見知りをする。中学生になって垢抜けてからは治ったと思っていたが、そうでもなかったようだ。


「可愛い妹さんですね、太一くん」


「テレサには負けるけどな」


「こんな美人と比較されたら勝てる人なんてほとんどいないよ……」


 梓はすっかり縮こまっている。こうしてると子猫みたいだ。


「し、信じられない……お兄ちゃんに彼女ができただけでも奇跡なのにまさかこんな美人を連れてくるなんて……でもどこかで見たことあるような……」


 梓はじっとテレサを見たが、目が合うとさっと逸らした。


「て、テレサは彼女じゃなくて友達だから」


「そ、そうですよ。私たちはまだお友達同士です」


「まだってことは可能性ありそう……お義姉ちゃんって呼んでもいいですか?」


「な、何を言ってるんだお前は!」


 俺は梓の口を塞いだ。こちとらまだテレサの刺激に慣れていないのだ。余計な燃料を投下して俺の平常心を乱そうとするんじゃない。


「好きに呼んでくれていいよ。私は梓ちゃんって呼ぶね」


「は、はい、私はテレサ先輩って呼ぶことにします」


 テレサと梓は簡潔に自己紹介を済ませると、その場で連絡先の交換をした。女子同士だとこんな簡単に話が進むんだな。


「テレサ先輩、お兄ちゃんに変なことされそうになったらすぐに連絡して下さいね。自衛隊を呼びますから」


「俺は怪獣か何かか」


「男の子ってみんなエロの怪獣だってパパが言ってたよ」


「ろくなこと言わねえな親父」


「大丈夫だよ。太一さんは変なことなんてしないよ。そうですよね?」


 テレサはちらりと俺を見た。信用してくれるのは嬉しいが、素直にはいとは言えなかった。俺も例に漏れず凶暴な怪獣を宿す思春期男子だ。何かをきっかけに怪獣が暴れ出したら檻に閉じ込めておける自信がない。


「……お兄ちゃんこれ絶対脈ありだよ。行けると思ったら一気に行っちゃえ」


「お前は俺をどうしたいんだ。そんなつもりでテレサを連れてきたわけじゃないし」


「そうなの? だったら何で連れて来たの?」


「今後の方針について話すためだ。変な誤解はするな。テレサに失礼だぞ」


「今後の方針? 何それ?」


「まだ秘密だ……もしかしたらお前の手を借りることになるかもしれないな」


「どういうこと?」


「その時になったら話す……騒がしくて悪かったな」


「いえいえ、仲が良さそうで羨ましいです。私一人っ子なので」


 俺は雑談を交えながらテレサを二階の部屋へと案内した。


 テレサは俺の部屋に入るなり、パソコンをまじまじと観察した。


「このパソコンから太一さんが作った動画が投稿されていたんですね」


 テレサはしみじみと言った。俺のファンだなんて今でも信じられないくらいだ。有名で人気のあるYouTuberは他にいくらでもいるのに何で俺のファンになったのか気になるところだが、今後親睦を深めていけばいつか聞き出せる日が来るはずだ。


「あっ、私が買ったスピーカー! 使ってくれてるんですね!」


 テレサはモニターの両隣に置かれている円形のスピーカ―に触れた。立体音響にも対応している優れものだ。


「もちろん。ポジティブ太一に贈られた最初で最後のプレゼントだからな。買ってくれてありがとうな。一生大切にするよ」


「そ、そう言われると告白されてるみたいで恥ずかしいです」


 テレサは頬に両手を添えて身をよじった。そんな反応されたらこっちも恥ずかしくなってくる。これは良くない。俺は場を取りなすように咳払いした。


「一応訊いておくけど、パソコンは持ってるよな?」


「はい。太一さんの物ほど高性能ではありませんが」


「機材は揃ってるか?」


「実を言うとまだ。これから買おうと思っています。何かオススメの物とかありますか?」


「よし、それならこれ全部持って行け」


 俺は押入れからYouTuber時代に使っていた機材を引っ張り出した。箱付き保証書付きで保存状態は良好だ。


「そんな! 悪いですよ!」


「遠慮は無用だ。俺が持ってても押入れのなかで眠ってるだけだからな」


「それならせめてお代を……」


「いらないって。全部俺のお古だし。テレサの手に渡って有効活用されるなら本望だ」


「……何から何までありがとうございます。太一さんだと思って大切にしますね」


「そこまではしなくてもいいけど、とことん使ってやってくれ」


「はい!」


 テレサは花が咲いたような笑顔を浮かべた。

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