第21話 放課後の一幕

 ▽▽▽


 翌日の放課後、校門の間でそわそわしながら立っていると、校舎から黒のブレザーに緑色のチェック柄のスカートを合わせた制服姿のテレサが駆け寄ってきた。


「お待たせしました! 待たせちゃいましたか?」


「い、いや、俺も今来たところだよ」


 有りがちなことを言ってしまった。もっと気の利いた台詞を言えれば良かったが、超が付くほど制服が似合っているテレサを見たら頭が真っ白になってしまった。


「何かデートの待ち合わせみたいですね?」


「そ、そういうことは言わんでよろしい!」


「放課後デートって憧れますよね。いつかやってみたいです」


「この会話は掘り下げなくていいから」


「どうしてですか?」


「は、反応に困る」


 女子の服の下がどうなってるか気になるお年頃の俺の耳には誘っているように聞こえてしまう。女子にちょっと優しくされただけで盛大な勘違いをしてしまい、勝ち戦なら挑むも止む無しと無謀な勇気を振り絞って思いを告げ、あえなく玉砕してきた同志の前例は枚挙に暇がない。


 今までのやり取りからテレサは若干天然が入っていると分かった。数々のあざとい発言に他意はないはずだ。相手の言葉を自分の都合の良いように解釈するのは早計だ。今後のことを考え、テレサのこういう一面にも免疫を付けていく必要がある。


「改めまして、私のお願いを引き受けてくれてありがとうございます」


「……礼を言いたいのは俺の方だよ」


「どういう意味ですか?」


「気にしないでくれ……これからよろしくな」


「はい。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 テレサはぺこりと頭を下げた。


 オフ会後のメッセージのやり取りで分かったことがある。


 テレサは俺の動画を初めて見た時から企画の面白さに引かれてファンになったという。信じがたいことにテレサは俺が投稿した動画のタイトルをすべて言えるほどのガチ中のガチ勢だった。動画を作った俺でさえ全部は覚えていない。そして俺となら一緒にやっていけると見込み、プロデュースの件を依頼してきたのだ。


「それにしてもまさか同じ学校に通ってたとはな」


 俺が一番驚いた事実はこれだ。しかも同学年だ。クラスは別で教室も離れているが、それでもこんな近くにこれほどの美少女がいたなんて知らなかった。


「一ヵ月前に転校してきたばかりですし、太一さんは動画制作でよく学校を休んでいましたから。気付かないのも無理はありません」


「それで擦れ違ってたってわけか」


 俺は得心した。100日間連続動画投稿をしていた頃は単位を落とさないように休みを計算しながら登下校をしていた。それだけ俺はYouTuber活動に心血を注ぎ込んでいた。周りが目に入らないとはああいうときを言うのだろう。これだけ目立つテレサに気付かないなんてよっぽどだ。


「もっと早く声をかけてくれればよかったのに」


「YouTuber時代の太一さんは忙しそうだったので、邪魔をしたら悪いかなって自重してました」


 確かにあの時の俺は必死だった。動画が途切れないように血眼になってネタを探し回っていた。引退してからまだ一か月も経っていないのに、遠い過去のように思える。


 俺たちは学校から最寄りの駅で電車に乗った。帰宅ラッシュというだけあって車内はすし詰め状態だった。俺はテレサを扉側に立たせ、押し潰されないよう盾になって庇った。


「大丈夫ですか? 辛かったら私に寄り掛かってもいいんですよ?」


 テレサが小声で提案してきた。それじゃあお言葉に甘えて、と言いたいところだが、女子に密着すると色々と困ることがある。俺は丁重に辞退した。


 駅を降りた俺たちは、夕暮れで薄暗くなった閑静な住宅街を歩いた。テレサも同じ駅を降りたところに家があるそうだ。奇遇とはこんなに重なるものなのかと驚いたが、テレサが「運命を感じますね」なんて言い出したせいで心のペースが搔き乱されてしまった。天然で言っているのだろうが、それでも思春期男子の心はこうも簡単に揺れ動いてしまう。悲しきビースト。それが思春期男子だ。理性ちゃんと仕事してくれ。


 俺は何食わぬ顔を装って歩いたが、内心のどぎまぎは抑えられそうになく、緊張の汗で背中がびしょ濡れになってしまった。


 それもそのはず、女子を家に入れるのは小学生の頃以来だ。


 あの頃は男女がどうとか考えずに遊んでいたが、この年になるとそうもいかない。テレサのような美少女が家に上がるなど、思春期男子には大事件だ。


 昨日のオフ会後のやり取りで俺の家にテレサが来るという話になってから、昨晩のうちに部屋の掃除を済ませておいた。梓に物音がうるさいとクレームをつけられたが、構わず実行した。おかげで誰に見られても問題ないくらい綺麗になった。これではまるで初めて家に彼女を招待するときみたいだが、彼女でなくても女子を家に入れるとなったら掃除くらいするのは当然の配慮と言える。


「ここが俺の家だ」


 俺は白塗りの二階建ての一軒家を指差した。標識には〈戸張〉と記されている。単身赴任で永らく不在の親父がローンで買った家だ。


「いいですね、一軒家。私はマンションなんですよ」


「へえ、そうなのか。帰りはどこまで送っていけばいい?」


「家の前までお願いします。一人で夜道を歩くのは恐いので」


「わ、わかった」


 まさか家の前まで大丈夫だとは思わなかった。俺に家を知られても平気だ、と信用してくれてのことなのだろう。


 俺は家を観察した。一階のリビングの明かりが点いている。どうせ梓がいつものように寛いでいるのだろう。おふくろは夜勤で家にいないのは確認が取れている。おふくろも家に居るところにテレサを連れ込んだらどんな反応をされるか、うんざりするくらい目に浮かぶ。正直いなくて良かった。

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