第3章 プロデュース大作戦

第20話 名作映画

 オフ会を終えて帰途に就いた俺は、引退後のネガティブに飲み込まれ、消え入りそうになっていた情熱が再燃しているのを自覚し、ぐっと拳を握った。


 一度は力及ばずYouTubeを退いた身だが、この経験を他で役立てることができる。何よりずっと俺を応援してくれていたテレサの力になれるのだ。おじさんだと決め付けていたので距離感を計りかねていたが、相手が美少女とわかってからは俄然やる気が湧いてきた。つくづく男は単純な生き物だね。


「テレサには感謝しないとな」


 すべてをポジティブに解釈する男と公言し、脇目も振らずに突き進んでいたもう一人の俺、ポジティブ太一を違う形で蘇らせてくれた。この恩と期待に応えなければ男が廃るというものだ。


 羽が生えたような心地で帰宅した俺は、ひょっこりとリビングに顔を出した。いつものように梓がスマホを弄りながらソファーで寛いでいる。


「あっ、おかえ、り……?」


 ドアの音で俺の帰宅に気付き、顔を上げた梓は、年中握っているスマホを手放すと、わざわざ俺のところまで来てまじまじと顔を覗き込んできた。


「な、何だ? どうしたんだ? 今日はお菓子買ってないぞ」


「そうじゃなくて、朝見た時より顔色が良くなってるなーって思って」


「そ、そうか?」


「最近ずっと元気がなかったから分かるよ。何か良いことでもあったの?」


 俺はぎょっとした。朝一瞬擦れ違っただけでそんなことが分かるものなのか。それとも俺は顔に出やすいってことなのだろうか。


 梓は俺の周りをぐるりと一周し、すんすんと鼻を鳴らすと、眉を顰めた。


「何か良い匂いがするね。もしかして女の子と遊んでたとか……?」


 口から心臓が飛び出るかと思った。今日俺がどこで何をするかは何も話していない。なのに匂いだけでそんなことが分かるものなのか。犬並みの嗅覚だと評するべきか、それとも女の勘は恐ろしいのだと教訓にするべきなのか、あるいはその両方なのか。何にしても恐ろしい。


「いやいや、まさかねー。お兄ちゃんが女の子と遊ぶとか100年早いよ」


「一生彼女作るなって言いたいのか」


 そんなの悲しすぎる。一度くらいは夢を見させてくれよ。


「……お兄ちゃんには私がいるのに他の女なんて許せないよ」


「急にヤンデレ出してくるな」


 いつも杜撰な扱いしてくるくせに何を言ってるんだ。好きなら好きってちゃんと言ってよ。


「冗談だよ。お兄ちゃんにはちゃんとした彼女ができて欲しいなって思ってるよ。ほら、若い内に恋人ができないまま大人になると性癖を拗らせるって言うじゃん。お兄ちゃんにはそんな風になって欲しくないし、その矛先が私に向いてあんなことやこんなことをされたら……お兄ちゃんのケダモノ!」


「勝手に妄想を繰り広げて俺を加害者に仕立て上げるな」


 相変わらずの想像力だ。梓は垢抜けてるように見えるが、絵を描くのが趣味で、昔も今も外では遊ばず家で絵ばかり描いている。学校から帰ってきても夜には絵描き友達とチャットで通話しながら絵を描くほどののめり込み具合だ。確か今も美術部に所属しているはずだ。活動はそれだけに留まっていないようだが。


「あっ、そろそろ始まっちゃう」


 時計をちらりと見た梓はリモコンでテレビを点け、チャンネルを指定した。


 しばらくはCMが流れていたが、時刻が定時を指し示すと、外国の街並みを遠くから描写している一昔前の映像が流れ始めた。


「おおっ、この映画か」


 親の手違いで一人家に取り残された女の子が、自宅に押し入ろうとする強盗二人を罠にかけて追い払おうとするアメリカのコメディ映画だ。毎年クリスマスになると定番の映画として再放送されており、何度も見ているので冒頭を見ただけで何の映画かすぐに分かった。


「この時期にやるなんて珍しいな」


「この間ネットで集めた視聴者投票でこの映画が1位になったんだってさ」


「誰もが知る名作だもんな」


「だよねー。この主演の女の子お人形さんみたいで可愛いよねー」


 あどけないながらも彫りが深い顔立ちをした金髪碧眼の女の子がテレビに映し出されている。童話の妖精のような可憐な容姿と、供とは思えない高い演技力を話題になり、一世を風靡した有名子役だ。他にも数々の名作映画に出演していたが、数年前からぱたりと姿を見せなくなった。この子でも生き残れないほど洋画界は厳しいのか、と思わずにはいられないが、今でも日本でも認知度は高く、この子を見れば誰もがこの映画を連想するはずだ。


 本当に懐かしい。何を隠そう、この子役の女の子が俺の初恋の相手だったのだ。小学生のくせにこの子が出ている映画を全部見ていたくらい夢中になっていた。


 この映画は十年近く前のものだ。今頃はとんでもない美人に成長しているはずだ。


 俺はあまりの懐かしさに冒頭を少し見ただけで物語に引き込まれたが、スマホが鳴り出したことで、現実に立ち返った。


『今日は楽しかったです! これからもよろしくお願いしますね』


 テレサからのメッセージだった。帰宅後にもメッセージを送ってくるなんて気配り上手だな。俺は「こちらこそよろしくな」と返事をし、表情を引き締めた。


 そうだ、俺はテレサをプロデュースすることになったんだ。今後のためにももっとVtuberについて色々と勉強をしなくてはならない。


「ねえねえお兄ちゃん、そういえばこの子……」


「悪い。後にしてくれ。これから忙しくなりそうなんだ」


 俺はスマホであれこれ検索しながら部屋に戻った。

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