第19話 ポジティブ

 店で一番大きいメダルゲーム機で最高レート10000枚ジャックポットを当てたテレサが、溢れ出てきたメダルを前にして目を回している姿も見ていて面白かった。このメダルを元手に、店にあるメダルゲーム機をすべてプレイした。余ったメダルは店に返した。


 俺がトイレに行って戻ってくる間に、テレサが見知らない男にナンパされる場面もあった。こんな高頻度で声をかけられるのは大変だな、と思いながら彼氏面して割って入ると、男はすごすごと去って行った。テレサは「に、二度もありがとうございます……」としおらしく言った。


 テレサと1日を満喫するのは楽しかった。こんなに笑ったのは久しぶりだ。テレサも終始笑顔を絶やさなかった。


「今日は楽しかったです!」


 駅ビルの屋上で夕焼けを背景にテレサが振り向いた。


 屋上には俺たちしかいない。今時珍しい屋上遊園地だ。子供の頃に親に連れられて梓と遊びに来ていたのをよく覚えている。まだ残っていたことに驚きだ。


「太一さんのおかげで元気が出ました」


「……やっぱり落ち込んでたんだな」


 結果はまだ出ていないが、オーディションの落選は確実だ。遊んでいる最中に時折テレサが暗い顔をしているのは途中から気付いていた。


「実を言うと、俺もVtuberのオーディションに応募してたんだ」


「そうだったんですか⁉」


「ああ。といっても結果は俺もテレサと同じだ。落ちるのは確実だろうな」


「二人揃っての落選は残念ですね」


「俺は思い付きの挑戦だったから仕方ないにしても、テレサは悔しいんじゃないか? せっかく勇気を振り絞って挑戦したのに」


「ああしておけば良かったかなって後悔があります」


「そうだよな。やっぱり悔しいよな」


「それはもう。でもこの気持ちをバネにもっと頑張ろうって気になりました」


「……テレサならそのままのほうが合格できてたんじゃないか?」


「どうでしょうか。私って親に言われてやってきたことと見た目しか褒められたことがないんです」


 テレサは手摺に寄り掛かり、星の裏側に沈んでいく夕日を眺めた。


 出会って間もないが、テレサは真面目で明るい良い子だとわかった。今まで優等生を演じて自分を押し殺す生活をしてきたに違いない。アメリカ人は言いたいことははっきりと口にする国民性だと聞いていたが、人生の半分を日本で生きてきたことで内面に変化が起きたのだろう。


 見た目に関する悩みも美少女ならではの悩みと言える。これだけ人目を引く容姿をしていたらそちらに目が行きがちになる。結局のところ第一印象の大部分は外見で決まってしまうのだ。以後の付き合いで親睦を深めていくことで、人柄にも目が向くようになり、相手の人となりを判断していくようになる。俺も初めはテレサの群を抜く美貌にどぎまぎしていたが、接している内に今まで交流してきたママー・テレサなのだと気付き、ぎこちなさは解消された。


「テレサは個性的で魅力的な女の子だよ。正直言うと、ラーメン屋で初めて見た時はYouTuber向きだと思ったし」


「そうだったんですか?」


「ああ。だからこそ分からない。何でVtuberなんだ? テレサならYouTuberとしてもやっていける。間違いなく人気者になれるぞ」


「……少しだけお話してもいいですか?」


 断る理由はない。俺はこくりと頷いた。


 テレサは語った。Vtuberは個性的な配信者が人気を博している。キャラクターデザインの出来や奇抜なコンセプトも人気を後押しす大きな要因ではあるが、こうしている間もVtuberは日に日に増えており、競争が苛烈になればなるほど、その中でどれだけの個性を際立たせることができるかが重要になってくる。


「誰もが知ってるような人気者になろうなんて考えていません。私はただ、実際の私の姿が見えなくても、誰かが私を応援してくれるようになったら、私も自分自身を持った中身のある人間なんだって思えるような気がするんです。こんな理由でVtuberになろうなんて、本気でやってる人には失礼かもしれませんけどね」


 テレサは曖昧な笑みを浮かべた。


 聞く人が聞けば、これだけ恵まれた容姿に生まれてきて中身で勝負したいなんて贅沢な悩みだ、容姿が優れた人間にありがちな意識高い系だ、と叩きそうなものだが、当人の苦悩も知らずに自分が気に入らないという理由で文句を付けるのは最低な人間のすることだ。少なくとも俺はそんな人間になろうとは思わない。


「すみません。せっかくの楽しい時間に水を差してしまって……このことを話したのは太一さんが初めてです」


「あんまり人には言わない方がいいかもな。きっと噛み付いてくる奴が出てくるだろうし」


「そうですよね。本当にすみません。いきなりこんな話をして。迷惑でしたよね」


「そうじゃない。俺には話して大丈夫だって意味で言ったんだ」


 俺が語気を強めると、テレサは顔を上げた。


「本心を打ち明けるのには勇気が必要だ。何で会ったばかりの俺なんかにって思ったけど、信用してくれてのことなんだろ? だったら俺はその信用に応えたい」


「会ったばかりじゃないですよ。私はポジティブ太一の古参ガチ勢ママー・テレサですよ?」


「そういえばそうだったな」


 俺は大した爪痕も残せずに消えた底辺YouTuberだったが、ママー・テレサを含めたファンのみんなが俺の心の支えになっていた。引退した今でも感謝している。


「だったら尚更信用には応えないとな。俺にできることがあったら何でも言ってくれ」


「本当ですか⁉」


 テレサが目と鼻の先まで詰め寄ってきた。仰け反った俺は危うく手摺を乗り出しそうになった。


「実を言うと太一さんにお願いがあるんです! それも会いに来た理由の一つでして! 聞いてくれませんか⁉」


「き、聞く! 聞くから一旦離れてくれ!」


 このままだと地上まで真っ逆さまに落ちてしまう。あと胸が当たってるから。どぎまぎしちゃうから。テレサは謝罪を口にしてからすっと離れた。俺は額の汗を拭った。


「それで、俺にお願いって何なんだ?」


 訊ねると、テレサは胸に手を添え、一呼吸置いてから、こう言った。


「私を個人Vtuberとしてプロデュースしてくれませんか?」


 予想もしていなかった提案に俺は戸惑いを隠せなかった。


「俺が、テレサをVtuberに?」


「はい。協力してくれませんか?」


「いやいや、俺Vtuber界隈についてはそこまで詳しくないし、それに元底辺YouTuberだぞ? 協力を仰ぐなら他に適任がいるだろ」


「いいえ、私には太一さんしかいません。掲げた目標を達成するために一生懸命努力していた、ポジティブ太一さんとなら、一緒に頑張れるはずです」


「そんなこと言われても……俺はもう引退――」


 俺は言葉に詰まった。


 テレサが決意の光を宿らせた青い瞳で、俺を真っ直ぐ見詰めていたからだ。


 胸の内に熱が宿るのを感じた。


 失敗をバネに新たな挑戦をしようとする前向きなテレサの姿に、かつて自分を言い聞かせるように口にしていた言葉を思い出した。


「太一さんはすべてをポジティブに解釈する男、なんですよね?」


 俺の心の中を読み取ったかのようにテレサが言った。


 一本取られた。俺は額に片手を添えて笑った。


「……そこまで発破をかけられて何もしなかったら、例え元でもポジティブの名が泣くよな」


「はい! その通りです!」


 俺たちは夕日が沈みゆく赤い空の下で固い握手を交わした。

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