第16話 おじさんだと思ってた
もしかしたら本当に何かあったのかもしれない。俺はママー・テレサに電話をかけようとしたが、寂しそうに佇む少女の姿がふと目に入り、思わず手を止めてしまった。
まさか、これほどの美少女が約束をすっぽかされたのか?
怒りが沸々と湧き上がってきた。一体どこのどいつだ。こんなに可愛い子を待ち惚けにさせる罪作りな男は。こうなったら一言文句を言ってやらないと気が済まない。俺は少女の待ち合わせ相手が来るのを待つことにした。ママー・テレサのことは気になるが、怒りのあまり我を忘れてしまった。
「あれ? さっき待ち合わせの約束があるって言ってたのに誰も来てねえじゃん」
どこからか湧いて出て来たチャラ男が少女に声をかけた。
少女をナンパしていた男の内の一人だ。
「放っておいてください。きっと何かあったんです」
「そんなこと言ってさあ、本当はナンパ待ちしてたんじゃないの? それともパパ活してるとか? 暇してんなら俺と遊ぼうぜ。いい店たくさん知ってんだよねー。二人きりでゆっくり休めるところとかさ」
チャラ男は少女の手を掴んだ。馴れ馴れしいにもほどがある。少女は「放して下さい」と言って振り払ったが、途端にチャラ男の目付きが変わった。
「何お高く止まっちゃってんの。マジムカつくんだけど」
態度が急変したチャラ男を目にした少女は顔を青くした。
これはもう放っておけない。俺は事件沙汰になる前に二人の間に割って入った。
「は? 誰お前」
チャラ男が凄んできたが、俺は負けじと睨み返した。
「お前が誰だボケ! ああ? さっきから黙って見てりゃみっともねえナンパしやがって! 嫌だって言われたら潔く諦めろよ金玉野郎! だからモテねえんだって気付かねえのか! それとも言葉が通じねえのか? ああ、見るからに頭悪そうだもんな! ファッション雑誌を買ってもモデルの写真しか見ねえから漢字も読めねえんだろうなきっと! 煙たがられてるのに叶わねえ期待にズボンのテント膨らませやがって! 大したサイズじゃねえから目立ってねえけどたまたま目に付いちまったぜ! おうおう! この胸糞悪ぃ気分をどうしてくれんだチンピラがこら!」
「な、何だよ、お前……」
チャラ男は俺の捲し立てに気圧されたのか、一歩後退った。ヤバイ奴を相手にする時はさらにヤバイ奴になって対処するのが効果的だ。俺はYouTuber時代にそう学んだ。ナマハゲの恰好でヤンキーを追い回そうとした撮影根性は伊達じゃないぞ。これでダメなら後が恐いが、少女のためだ。怖気づいている場合ではない。
「おらどうすんだ! ここから消えるのか消えねえのかどっちだ⁉ 3秒以内に決めねえとケツの穴に自撮り棒ぶっ刺して撮った写真をインスタに晒して奥歯もガタガタ言わせるぞ! てやんでえばーろーちくしょう!」
「く、クソが! そのツラ覚えたぞ! 今日のところは見逃してやる! 今度会ったらただじゃ済まさねえ! 次会ったときがお前の最後だ! その首洗って待ってろ! 覚えてやがれ!」
チャラ男は有りっ丈の捨て台詞を言い残して去って行った。
どうやら上手くいったようだ。俺は安堵の息を吐いた。心臓がばくばくしている。失敗したらどうしようかと思った。
「あ、あの……ありがとうございました」
肩をちょんちょんと突かれて振り返ると、少女がぺこりと頭を下げた。
「いやいや、大したことはしてないよ。あいつを脅すためだったけど、女子には聞かせられないような汚い台詞を口走ってごめんな。もっとスマートに助けられたら良かったんだけど」
俺は照れを誤魔化すように後頭部を掻いた。
少女は至近距離から見てもやっぱり美少女だった。きめ細やかな白い素肌、すらっとした長い睫毛、青空のように透き通った碧眼、目が覚めるような金髪、日本人離れしたナイスバディに、高価な香水のような良い匂い。これはチャラ男でなくてもワンチャン狙って声をかけたくなる。
「そういえばさっきからここにいるけど、誰かと待ち合わせでも……」
言い終える前に俺は口を閉じた。
少女が薄目でじーっと見てくるのが気になったからだ。
「そっくりさん? いやでも……」
少女は俺の周りをぐるぐると回り始めた。ワンちゃんかな?
「あ、あの、何をしてるんだ?」
返事はなかった。少女はただただじろじろと俺を見ている。可愛い子に見詰められるのはこそばゆい。一体どうしたのだろうか。
「もしかして……」
少女はスマホを耳に添えた。
えっ? この状況で誰かに電話かけるの?
少女の奇行に俺は困惑したが、直後にポケットに入れていたスマホが震え出した。
ママー・テレサからの着信だった。
「やっぱり!」
少女は俺にぐいっと詰め寄ってきた。
いや、まさか、そんなことが……。
「も、もしかして君がママー・テレサなのか⁉」
「そうですよ! もう! 私が待ち惚けしているのをずっと傍で見てるなんてイジワルにもほどがありますよ! もしかしてさっきの人は仕込みでこれも何かの動画の撮影だったんですか?」
「いや、俺はもう引退したから……」
「あっ、そうでした。ごめんなさい。私てっきり……」
「別にそれはいいんだけど……本当に君がママー・テレサなのか?」
「たった今証明したじゃないですか」
少女はピンク色のケースを付けたスマホを見せびらかしてきた。
「嘘だろ……俺ずっと君のことおじさんだと思ってたぞ……」
「そんな風に思ってたんですか⁉ あんまりです!」
少女は頬を膨らませるも、俺は呆気の取られて反応できなかった。男たちをあしらっていた時の他人行儀な態度から一転して表情豊かになった少女は見ていて飽きない。いや本当にびっくりするくらい可愛い。とか思ってる場合じゃないな。
俺は瞼を擦った。少女は消えていない。試しに頬も抓ってみた。もちろん痛みがある。
これは夢ではない。この子は本当にママー・テレサなんだ。
「それにしても良かったです。私てっきり約束をすっぽかされたかと思ってましたから。半分は何かあったんじゃないかって心配してましたけど」
「俺も同じこと思ってたよ」
「本当ですか? 気持ちが通じ合ってたみたいで嬉しいです」
少女は屈託のない笑みを浮かべながら、前屈みで俺の顔を覗き込んできた。
何というあざとい仕草だ。狙ってやっているんじゃないか、と疑いを抱いても可愛さは色褪せないから困る。
「それとごめんなさい。太一さんなら見間違えるはずがないって言ったのに全然気付けなくて……ピンク色の髪だから直ぐにわかると思ってたんです」
「そういうことか。実は引退してすぐ黒に戻したんだ」
「そうだったんですね。黒髪にしたらファンは気付くか気付かないかって企画の動画を撮影をしてたんですか?」
「だからもう引退したってば」
「ご、ごめんなさい! 私ったらまた! 太一さんといえばYouTuberとしての印象が強かったので……」
「もう引退したけど、そう思ってくれるのは嬉しいよ」
「本当ですか? 良かったです」
少女は胸を撫で下ろした。仕草が一々可愛いんだけどどうしたらいいんだ。
「これからどうしましょうか? ご飯は食べましたか?」
「いや、まだだけど……」
俺は心許ない財布の中身を思い出して青ざめた。ママー・テレサを大人だと思い込んでいたので飯を奢ってもらえるんじゃないかと期待していたが、まさか女の子だったとは想像もしていなかった。
「それでしたら、一押しのお店を知っているので今から一緒に食べに行きましょう!」
少女はぴんと人差し指を立てた。
可愛い子って何をやっても可愛く見えるんだな。
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