第15話 待ち合わせドッキリ?

 ▽▽▽


 俺は駅の改札前にある時計台のベンチに腰を下ろし、忙しなくあちこちに視線を移した。


 今日はいよいよママーテレサと会う約束の日だ。


「まさか地元が同じだとは思わなかったな」


 日時と待ち合わせ場所を決めるやり取りをしている最中に発覚した事実だ。


 ママー・テレサは『私は以前から知ってましたよ?』と気が抜けるような顔文字付きであっけらかんとしたメッセージを送ってきたが、俺には衝撃的だった。


 おそらく、近辺で撮影した動画の風景をモザイク処理せずにそのまま出していたのが原因で地元がバレてしまったのだろう。一般人でもここまで特定できるということは、ネットの特定班が本気を出せば、素顔に本名に住所、果てには家族構成も簡単に暴けるということだ。考えるだけでぞっとする。


「そんなこと考えてる場合じゃないな」


 俺は落ち着かない気分で時計台を見上げた。約束の時間までまだ30分もある。デートの約束ならともかく、オフ会で大の男に会うにしては気が逸り過ぎた。


「どんな人なんだろうな」


 ネットの知り合いに会うのはトラウマを植え付けられたあの日以来だ。


 いい年した大人が可愛い女の子ムーブをしていたと知った時の衝撃は計り知れなかった。まだ中学生で未熟だった俺には酷な出来事で、気付けば現実から目を背けるように逃げ出していた。


 あの時は騙された気持ちでいっぱいだったが、今は違う。あの人は一体どんな気持ちでああいうムーブをしていたのだろうか、と考えるようになった。俺は高校生で大人の社会のことはまだよく分からないが、プライベートの時間にああいう活動をして息抜きしないと生きられないほどに大人の社会は厳しいのだろうか、などと思うようになってしまった。今にして思えばこれがYouTuberを始めるきっかけの一つだったかもしれない。


 そうだ、俺はあの出来事を経て大人の階段を一つ上ったのだ。例えママー・テレサがおじさんであっても俺は決して驚かない。そもそも女の子の方から俺を誘うなんて考えられない。俺の顔が俳優やアイドル並みだったらそれも有り得たかもしれないが、残念ながら現実は冴えない顔をしたただの高校生だ。


 変な期待をしたら痛い目を見る。実体験で学んだことを忘れるな。俺は自分にそう言い聞かせながら深呼吸をした。


「それはそうと本当に大丈夫かな」


 リアルで会うと話が決まった際、何か目印になる物を用意しよう、と俺は提案したが、ママー・テレサは『太一さんなら一目見れば分かります』と返してきた。


 食い下がるのもどうかと思ったのでその場は引き下がったが、やっぱりお互いに何か用意しておくべきだった。向こうは俺の顔を知っていても俺は知らないのだ。この状況は背筋にぞわぞわしたものを感じる。万が一のことを考えて人目が多いこの場所を指定したのは俺だ。ママー・テレサに限ってそれはないと信じたいが、もし宗教の勧誘やマルチ商法的な何かだったら即座に逃げるつもりだ。

 

 俺はきょろきょろと辺りを見渡した。今のところママー・テレサと思われる人物は見当たらない。


 一体どんな人なのだろうか。一度気になり出すと、そこら辺にいる人たちがみんなそうなのではないかと思えてきた。


「考えても仕方ないか」


 俺は待ち合わせの時刻までスマホで時間を潰すことにした。検索エンジンのニュースで有名YouTuberが書類送検されたという記事が載っているのを見て目を丸くした。昨今はコンプライアンスが厳しくなっている。テレビではできない尖った企画ができるのがYouTubeの強みだが、動画一つで思わぬ大炎上を引き起こすこともある。自分に悪気がなくても、世間との倫理観のズレが原因で騒動に発展するのは界隈ではよくある話だ。


 何の気なしにスマホを弄っていると、周囲の空気が一変したのを肌で感じ取った。


 通行人の男たちが同じ方向に視線を集めている。何事かと思って目をやると、そこには金髪碧眼の美少女がこちらに向かって歩いてくる姿があった。


 少女は俺が座っているベンチの傍に立つと、腕時計を確認してからその場に留まった。


 俺は息を飲んだ。ラーメン屋で爆盛激辛チャーシューメンを完食した、あの少女だ。


 あの時はラフな格好をしていたが、今回は白のフリル袖のブラウスに黒のミニスカートと茶色のブーツを合わせ、さらにナチュラルメイクを施している。出るところが出ている生来の美貌を際立たせるめかし込みで完全無欠の存在感を増した少女は道行く男たちの注目の的になった。


 少女は腕時計とスマホと時計台の時刻を頻りに確認している。どうやら誰かと待ち合わせをしているようだ。


 彼氏を待っているのだろう、と俺は予想した。これほどの美少女と交際できる彼氏が心底羨ましい。俺も有名YouTuberになればモテモテになって彼女が出来ていたのかもしれない。


 数分もしない内に少女の元に男が歩み寄った。初めは彼氏かと思ったが、ただのナンパだった。少女は「待ち合わせの約束がありますので」とやんわり断ったが、それを皮切りに複数の男が少女に声をかけるようになった。


 金髪碧眼の超絶美少女を前にして放っておけない気持ちは分かるが、誰かと待ち合わせをしているのは明らかなのに声をかけるのはいただけなかった。そこを踏み越えるから出会いがあるのかもしれないが、好ましい手段とは思えない。


 男たちの中には芸能事務所のスカウトマンも紛れていたが、少女は手慣れた様子であしらった。ナンパされるのもスカウトされるのも日常茶飯事なのだろう。美人にも美人なりの苦労がありそうだ。


 様変わりする少女の状況を観察している内に、約束の時間まで残り五分を切っていた。


 俺は居住まいを正した。いつどこから声をかけられてもいいように心の準備を済ませるも、緊張で喉が渇いてきた。持参してきたミネラルウォーターを一気飲みし、改めてママー・テレサの到着を待った。


 ところが、約束の時刻が過ぎてもそれらしい人物は現れなかった。


 約束の時間を間違えたのか、と心配になったが、メッセージの履歴を確認してみても、この時間で間違いはなかった。


 何かトラブルに巻き込まれたのかもしれない。念のためメッセージを送ろうかと思ったが、10分程度の遅れなら誤差の範囲だ。もう少し待ってみることにした。


 そして10分が過ぎ、30分が過ぎたが、ママー・テレサが現れることはなかった。


 もしかしたらどこかで俺を隠し撮りして出会い厨乙(笑)と小馬鹿にする動画の企画に巻き込まれたのでは、と勘繰り、撮影者らしい人物が付近にいないか確認したが、それらしい影はなかった。

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