第2章 新たな挑戦

第12話 応募してみた

 ▽▽▽


 オーディションを受けるのにVtuberの知識がまったくないのはどうかと思い、俺はネットで諸々を調べてみた。


 Vtuber界隈、所謂V界隈は、四天王が人気を博するようになってから注目が集まるようになったようだ。存在が認知されたばかりの頃は3DモデルのVtuberが多く、動画投稿を主な活動にしていたらしい。この辺はYouTuberと変わらないが、劇的な変化が起きたのはその後のことだ。


 Vtuberを扱う企業が増えるにつれて、2DモデルのVtuberが参入するようになったのだ。そこからvtuberの数が激増し、いくつかの企業がVtuber専門の事務所を設立するようになった。今では個人勢も含めて1万を優に超えるVtuberが活動しているそうだ。


「全然知らなかったな」


 俺が追っていたのはYouTuberだけだった。活動の参考するという理由もあったが、テレビでは放送できないような企画が通る自由さに魅力を感じ、視聴してきた。


「vtuberも結構色々やってるんだな」


 近年のVtuberは配信活動が主流であり、ゲーム実況や雑談をリアルタイムで配信したり、歌ってみた動画やその他諸々の企画動画を投稿したりしている。一昔前に流行った生主の活動にそっくりだと思っていたら、前世が生主だったVtuberも数多くいるようだ。


 試しに人気Vtuberのチャンネルを確認してみたところ、精力的に活動しているのが分かった。アーカイブの動画をざっと見た限り、軽妙なトークでリスナーを楽しませたり、ゲーム実況では派手なリアクションをして笑いを取っている。


「企業所属のVtuberはプロのイラストレーターがデザインしてるのか」


 俺はVtuberがツイッターの自己紹介欄に貼っている〈ママ〉というアカウントのリンクにアクセスしてみた。プロフィールや投稿したイラストをチェックしていくと、昔俺が好きだったゲームのキャラデザを担当していた有名イラストレーターだと分かり、危うく引っ繰り返りそうになった。


「今はこんなことになってるんだな」


 現在、V界隈は二つの大手事務所が覇を競い合っている。


 バラエティ方面に舵を切っている〈スターライト〉と、アイドル路線で売っている〈ディアボロス〉だ。それぞれ特化している分野が異なることからリスナーの奪い合いには発展していないようだが、箱推しリスナー同士の対立構造は激化を一途を辿っている。どちらにもそれぞれの魅力があるのだから多様性として認めればいいのに、と思わないでもないが、人類史を紐解いても競争が発展を促進させてきた例は枚挙にいとまがない。界隈の認知度が上がれば企業もVtuberも潤い、活動の幅も広げられる。リスナー間の古参と新規の格差など問題も多々あるが、発展が良し悪しを生じさせてしまうのは、どの界隈でも避けられない運命と言える。


 今はスターライトとディアボロが大手事務所として隆盛を極めているようだ。そのあとにいくつかの事務所が続き、個人勢も含め、こうしている間もVtuberの数は増え続けている。


「オーディションを受けるのはいいけど、倍率がなあ……」


 調べてみたところ、信じがたいことに大手事務所のオーディションの倍率は司法試験より高かった。合格は絶望的だが、ここまで来たら受けるだけ受けてみるつもりだ。


「基本は女の子が多いみたいだし、転生するにしても元々知名度が高い人が大半だしな。こりゃ狭い門だ」


 元底辺YouTubrの俺では合格は不可能と言ってもいいが、俺の座右の銘は、とりま挑戦だ。駄目だったらその時はその時と割り切り、また新たなことに挑戦する。失敗なんか気にしない。着実に人生の経験値を貯めていき、いつか成功に辿り着く。それが俺のやり方だ。地道で泥臭くてしんどいことこの上ないが、特別な才能がない以上はこうするしかない。


「やる前から諦めてる場合じゃないな」


 俺は気を引き締めた。応募には自分を簡潔に紹介する動画の投稿が必要だ。どんな動画を送るべきか悩みどころだが、せっかくYouTuberとして活動していたのだ。再生数が高い動画のなかからハイライトだと思う部分を切り抜いて繋ぎ合わせることにした。


「どうにか間に合ったな」


 俺は項目欄の打ち込みを済ませ、送信ボタンをクリックした。応募期限は明日とギリギリであり、どうにか間に合った次第だ。ちなみに俺が応募した企業はスターライトだ。中小企業を狙うのも考えたが、初めての応募ということもあるし、ここはやはり大手が無難だと判断した。


 応募した動画は限定公開に設定した。視聴できるのは俺と採用担当者のみだ。時間を置いてからどの程度再生されたか確認することにしよう。


「あー、疲れた。一休みするか」


 強張っていた体を伸びで解してからベッドに身を投げ出すと、スマホが鳴った。ママー・テレサからのメッセージだった。


『こんばんは。あの時食べられた鶴です』


「どういう心境で現れたんだよ」


 自分を食った奴に恩返しするとかどういう神経してんだ。羽を根こそぎ毟り取られてフライドチキンにされたのにどうやって織物をするつもりなんだ。


『お元気ですか? 私は元気です。お元気ですか?』


『二回言わんでいいわ。元気にしてるよ』


『すみません。よく分かりません』


「どっかで聞いたことがある台詞だな!」


 喚かずにはいられなかった。以前のママー・テレサはこんなキャラではなかった。これもライン友達として打ち解けてきた表れなのだろうか。だとすれば良い兆候だ。


 何時間も編集した動画を送ったばかりなので休みたいところだが、こうして気にかけてくれているのだ。会話に付き合うことにしよう。

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