第13話 何という奇遇
何か話題になるようなものはないかと考えた俺は、女子には絶対送らないであろう文章を打ち込んだ。
『スリーサイズ教えて』
リアルでこんなことを訊こうものなら瞬く間に女子の間で情報を共有され、総スカンされること間違いなしだ。場合によっては訴えられる可能性もあるが、相手は週三でラーメンを食べていると公言したママー・テレサだ。どうせネカマに決まっている。ボケ倒してくるからにはこちらもボケ返すつもりだ。
『上から175・142・188です』
「えげつねえほど太ってるじゃねえか!」
横にもがっつり面積が広がる欧米人の太り方だ。さすが週三でラーメンは伊達じゃないな。
『冗談です。本当のスリーサイズは教えてあげられませんが、周りにはエッチな体をしてるってよく言われます。その体で私の彼氏を誑かしたんでしょ泥棒猫! って褒められたこともあります』
「褒められてねえよそれ」
ちゃんと敵意しか感じないぞ。
「しかしエッチな体ね。どっかで聞いたことがあるフレーズだな」
そこで俺はラーメン屋で出会った大食い美少女を思い出した。左右対称の黄金比が成立した見目麗しい顔立ちと、海外モデル並みのプロポーション。それでいて胸はちょっとだらしない感が出ていた。ああいうのをエッチな体というのだ。
『それにしてもいきなりレディにスリーサイズを訊くなんて感心しませんね。私怒ってます。ぷんぷん』
「はいはい、レディね。もう二度と騙されないぞ」
いよいよ仲良くしてたあの子に会える、と浮付いてオフ会に行った自分を思い出すと奇声を発してしまいそうになる。あの頃の俺は純粋無垢だった。可愛い女の子ムーブにすっかり騙され、リアルでも女の子だと盛大な勘違いをしてしまった。以後は女子っぽいハンドルネームを見る度に全員ネカマだと決め付けるようになってしまった。ママー・テレサも良い人だけどネカマに決まってる。
『もしかしてオフパコ狙いですか? 最低です! そんな人だと思いませんでした! やっぱりYouTuberってそういう人しかいないんですか!?』
「……そんなことないって言えないのが悲しいところだな」
未成年にみだらなことをして書類送検されたりとか、飲酒や淫行をした疑惑で炎上したりなど、世間を騒がせたのは一度や二度ではない。発覚していない事実も含めれば相当な数になるはずだ。もちろん俺は潔白だ。『クリーンな活動を心掛けていたんだが』とママー・テレサに返信した。
『そうでしたね。太一さんに限ってそんなことあるはずないですよね。太一さんの動画を全部見た私の目に狂いはないはずです』
ママー・テレサは初期の頃からずっと応援をしてくれていた古参ガチ勢だ。初めてコメント欄に書き込みをしてくれたのもママー・テレサだった。
『本当、今まで応援してくれてありがとうな。励みになってたよ』
『いえそんな。好きで応援していましたので。今はライン友達ですし、普通のお誘いならいつでも大歓迎ですよ?』
『そういうのはいいって。距離感は適切に保ったほうがお互いのためだしな。ママー・テレサさんがレディだって言うなら尚更な』
『すみません。よく分かりません』
『もういいよそれは!』
『失礼しました。でもやっぱりいつか太一さんとお会いしてみたいです』
「いやいや、オフ会はもう懲り懲りだから」
俺は『女の子がみだりにオフ会に参加するのは危ないぞ』と送った。
『それもそうですけど、太一さんなら大丈夫かなって思ってました』
「会ったこともないのによく信用できるな」
その脇の甘さは命取りなるぞ、と忠告したいところだが、相手はいい年した大人のはずだ。俺に言わなくてもそれくらいは承知しているはずだ。
それにしても、YouTuberを引退して普通の高校生に戻った俺に会いたいなんてどういう心境なんだろうか。ちょっと恐いな。
いやいや、疑うのは良くない。ママー・テレサは俺を支えてくれた貴重なファンの一人だ。ライン友達になってからは距離感がぶっ壊れてちょっとおかしくなったけど、熱心に応援してくれた恩は一生忘れない。
『一つ訊きたいのですが、引退後は何をするか決めているんですか?』
「Vtuberのオーディションを受けようとしているのは内緒にしておくか」
送ったばかりで結果がどうなるかなんて分からないしな。
『実はまだ何も。これからゆっくり考えるつもりだよ』
『そうでしたか。実は私、Vtuberになろうと思って、オーディションを受けることにしました』
「おいおいマジか」
何という奇遇だ。俺もたった今応募したばかりだ。とはいっても同じ事務所のオーディションを受けるとは限らない。この話題をどこまで掘り下げていいのか匙加減に困るが、とりあえず聞き手に回ることにしよう。
『そうなんだ! すごいな! 合格できたらいいな! 応援してるよ!』
『ありがとうございます。実はやるべきかどうかずっと悩んでいたのですが、太一さんが頑張っている姿を見て、私も何かに挑戦してみようって思えたんです』
胸が熱くなった。ろくな爪痕を残せずにYouTuberを引退したが、俺は誰かに勇気を与えることができたのだ。
『それを聞けただけでYouTuberをやってて良かったって思えるよ』
『私も太一さんを知れて良かったです。差し支えなければ選考結果をお伝えしてもよろしいでしょうか?』
『俺で良ければいつでも話を聞くよ』
『ありがとうございます。太一さんの引退は本当に残念でしたが、これからずっと友達でいてくれたら嬉しいです』
「ちょいちょいふざけてくるけど根は良い人なんだよな」
俺は『もちろん。これからもよろしくな』と送った。
今までは家族と学校だけという狭い人間関係の中を生きてきたが、そこを飛び出して大人と繋がりを持つのは悪いことではないはずだ。
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