第11話 予想外の提案

 ▽▽▽


「あっ、おかえり。早かったね」


 玄関の扉を開けると、梓がリビングから小走りで出てきた。いつもは出迎えなんてしないのに珍しい。


「元々大した用なんてなかったからな。ほい、これ」


 俺はビニール袋を差し出した。わざわざ出てきたのはこれが目当てのはずだ。


「何これ? あっ、お菓子じゃん! しかも全部私が好きなやつ!」


「何年兄をやってると思ってるんだ? お前のお菓子の好みはすべて把握しているんだぜ」


「これ全部私にくれるの? ありがとう! でも何で急に買ってきてくれたの?」


「家を出る前に何か言ってただろ? よく聞こえなかったけど、どうせお菓子買ってきてって言いたかったんじゃないのか?」


「ああ、そういうことね。お菓子を買ってくれたのは嬉しいけど、用件は別だよ」


「別なんだ……」


 理解ある彼君ばりの察しの良さを披露して得意気になっていたのが恥ずかしくなってきた。


「後でお兄ちゃんの部屋に行ってもいい? パソコン借りたいから」


「別にいいけど、何に使うんだ」


「それは後のお楽しみだよ。どうせ部屋散らかってるんでしょ? 掃除が終わるまで一階で待ってるね。エッチな動画のフォルダもちゃんと隠しておいてね」


「わかった。妹モノだけデスクトップに残しておくわ」


「キモ! そういうことばっかり言ってると女子に嫌われるよ!」


「梓にしかこういうことは言わないから安心しろ」


「尚更キモイし! やっぱり部屋に行くの止める! 足の裏とか嗅がれそうだし!」


「俺をマニアックな変態に仕立て上げるんじゃない」


「じゃあ肘の付け根を嗅ぐつもりなの!?」


「何で俺はお前の中でニッチな性癖を持った兄貴にされてるんだよ」


「日頃の行いのせいでしょ!」


 梓は俺にポテチの袋を投げ付け「後で冷やしたコーラ持って行ってあげるからきちんと部屋を掃除しておいてよね!」と叫んだ。いや結局部屋に来るんかい。


 これもツンデレの一種なのか? と考えながら俺は自室に入り、無造作に物が放り出されている室内を見渡した。ゴミはないが物が多い。そのせいで汚くはないのに汚く見える。妹と言えど女子を入れるような状態ではない。


 俺は窓を開けて換気をしながら整理整頓を始めた。どこに何を収納していたのかうろ覚えだが、とにかく仕舞える物はタンスとクローゼットに押し込んだ。家族共用で使っている掃除機を引っ張り出して床の汚れを吸い出し、手早く掃除を終えた。


 見晴らしが良くなった部屋を見渡し、掃除後の達成感に浸っていると、動画の撮影や配信に使っている機材がパソコンに繋げられているのが目に入った。本棚には動画作成のマニュアル本や、YouTube関連の本がびっしりと並んでいる。


「全部仕舞うか」


 今の俺にはどれも無用の長物だ。視界に入ると、報われなかった努力を思い出して気落ちしてしまう。俺はそれらをすべて押入れの奥に仕舞い込んでから、一階にいる梓に声をかけた。


「終わったぞー」


「今行くね」


 俺の呼び掛けに応じて階段を登ってきた梓は、部屋に入ると室内を隈なく見渡した。


「綺麗になったね。前の状態がどんなだったか知らないけど」


「そういやお前を部屋に入れるのは久しぶりかもな」


「小学生の頃以来だね。ちょっとパソコン借りるね」


 サイズが合わないチェアにちょこんと座った梓は、俺のパソコンで検索エンジンサイトに接続し、手慣れた指さばきでキーボードを打った。


「あった。これだよこれ。見て見て」


 梓にパソコンの画面を指し示された俺は目を細めた。


「Vtuberオーディション?」


「そうそう。Vtuberは知ってるよね?」


「最近人気があるのは知ってるぞ」


 活動の参考にするためもあり、俺が観てきた動画はYouTuberのモノが大半だった。たまにオススメとして表示されても、女の子が多かったことからあまり参考にならないと思い、見向きもしてこなかった。


「それよりこっちを見てよ」


 梓は画面をスクロールし、サイトの最下部にある項目にカーソルを合わせた。


 そこには〈配信の経験を活かしたい方はこちら〉と記載されていた。


「お兄ちゃんYouTuberは引退したでしょ? だったら次はVtuberになってみれば?」


「昨日の今日で態度が変わったな。俺がYouTuberをやってた時はあまり乗り気じゃなかったのにどういう風の吹き回しだ?」


 梓とは俺のYouTuber活動が原因で喧嘩をすることが多かった。何なら両親より反対していたくらいだ。


「……昨日の引退配信でお兄ちゃんが泣いてるの見て思ったんだ。ふざけてるように見えて実は本気でやってたんだなって。私、自分が恥ずかしいからって理由で反対ばっかりしてたでしょ? お兄ちゃんの気持ちなんて全然考えてなかった。最低な妹だよね……もっと手伝ってあげれば良かったなって、ちょっと後悔してるんだ」


 俺は胸を打たれた。日頃は俺を虫けらのように扱っているくせに、いざという時だけ優しさを見せるのは狡い。狙ってやっているならとんでもない策士だ。梓が中学で一、二を争うほどに人気があるのは噂で耳にしていたが、可愛らしい見た目だけではなくて、もしかしたらこういう一面も人気に大きく貢献しているのかもしれない。例えるならヤンキーが捨て猫に優しくしているのを見てギャップ萌えするあれだ。ちょっと違うか。


「せっかくYouTuberとして色々経験したならさ、これも経験の一つとしてこのオーディション受けてみたらどう? 機材を使わなくなるのも勿体ないしさ」


「機材は売ろうと思ってたから別にどうにでもなるけど、オーディションか」


 俺は顎を撫でた。Vtuberのことはさっぱりわからないが、経験者枠を設けているからには即戦力が欲しいはずだ。YouTuberを引退して情熱を向ける矛先を失った俺には渡りに船だった。


「駄目元で受けてみるのも悪くないかもな」


「でしょ? やるだけやってみなよ。もしダメだったらまた次に。そうやって色んなことに挑戦してるのがお兄ちゃんらしいし。落ち込んでるのはらしくないよ」


 梓は人差し指で毛先をくるくるさせながら「べ、別に心配してたわけじゃないけどね」と小さな声で付け足した。


「気にかけてくれてありがとうな。今日は久しぶりに一緒に寝るか?」


「それはマジ無理キモイ足臭い」


「足臭いは言いがかりだぞ!」


「中学生の妹と一緒に寝ようとしてる時点でマジキモイから。謝って」


「あれ、この問題の答えこれじゃなかったのか」


「誤ってじゃないし!」


 梓の蹴りが俺の腹に炸裂した。

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