第7話 ラーメン屋の美少女①

 ▽▽▽


 青い空に白い雲。穏やかな気候に眩しい日差し。外は俺の心境などお構いなしの快晴に恵まれている。しかし恨めしいとは思わなかった。日差しを浴びながら外の新鮮な空気を吸ったことで、少し気が楽になったからだ。


 まだ行き先は決めていないが、先ずは腹ごしらえだ。俺は最寄りのバス停で駅前へ向かうバスに乗車した。休日ということもあって、車内は乗客で溢れている。窓の外を見ると、家族連れや友達と歩いている若者がちらほら目に入った。


「どこで飯を食おうかね」


 終点の駅前で降車した俺は、そこそこに栄えた街並みをぐるりと見渡した。定番のファミレスやファストフード店で腹を満たすのも悪くはないが、どこにでもあるチェーン店ではなく、穴場の名店を探すほうが楽しそうだ、と思い、俺は当て所もなく歩き出した。スマホで近場に良い店がないか調べたほうが効率的だが、何事も無駄を省いて建設的に生きようとする生き方は忙しない気がする。無駄だと思っていた行動からアイディアが思い浮かぶこともあった。無駄があるから効率が際立つのだ。


「もし良い店を見付けたら店長に撮影許可を取って動画に……いやいや、もうそんなことしなくていいんだ」


 俺は首を左右に振った。活動を始めてから引退するまでの100日間動画のことだけを考えて生きてきた。何でも動画に結び付けようとする癖は、一晩明かしただけでは抜け落ちない。俺はそれだけYouTuber活動に専念してきたのだ。バスに乗ってからいつもの癖で鞄に自撮り棒を入れていたことに気付いたくらいだ。


「本当アホみたいにネタ探しに奔走してたよな」


 100日間途切れなく動画を投稿するのは大変だった。長年毎日動画を投稿しているYouTuberは尊敬に値する存在だ。


 ネタがなければ動画は作れない。引退前はどんな些細な出来事も見落とさないように、目を皿にして町を徘徊したものだ。


 YouTuber活動は毎日が波乱の連続だった。追い回そうとしたヤンキーには逆に追い回されるし、五時間休まずジョギングしたら何キロ痩せるか検証して翌日筋肉痛で動けなくなった。クワガタとザリガニどちらに挟まれたら痛いのか鼻の穴を使って検証したこともあった。思い出すのは動画のことばかりだ。


「俺はもう引退したんだ。動画のことはさっさと忘れないと」


 俺は休日で賑わっている繁華街を通り過ぎ、整然と立ち並ぶ飲食店を見て回った。やはりと言うべきか、駅前は大手チェーン店が軒を連ねており、一度は食べに行ったことがある店しかなかった。


 これでは面白くない。俺は駅を離れ、行ったことのない方角に歩を進めた。この先に昔ながらの商店街があったはずだ。都市開発の煽りで寂れてしまったが、地元民の利用で細々と営業が成り立っている場所だ。日常を過ごしていると、どうしても通い慣れた道を行き来するだけの日々になってしまう。そんな時は小さな非日常を探し求めて、ささやかな人生の楽しみを見出していくべきなのかもしれない。


 駅前を離れて10分もしないうちに人通りが少なくなった。そのまましばらく歩いていると、目的の商店街が見えてきた。立ち並ぶ店は個人経営の店が主で、ローカルな雰囲気が漂っている。こういうところに名店が潜んでいるのが相場だが、当たり外れが大きいのもお決まりだ。名店に巡り合えるかどうかは直感と運次第だ。


 見慣れない店に目をやりながら商店街の中央を歩いていると、とあるラーメン屋が目に付いた。外観は下町にあるラーメン屋といった風情で〈よよいのよっちゃん亭〉と独特の字体で書かれた古びた看板を掲げている。スマホで店名を検索してみると、まだネットで評価されていない店だと分かった。


「ここにするか」


 個人経営のラーメン屋は味の好き嫌いが大きく別れる。好きを引き当てられるかは運が物を言うが、せっかくここまで足を運んだのだ。物は試しに寄ってみるのも悪くはない。


 使い古されてよれよれになった暖簾をくぐると、年寄りの大将が昔馴染みの「へい、らっしゃい」で迎えてくれた。客席はまばらで、店内にいるのは中年の男ばかりだ。俺のようにたまたま立ち寄っただけなのか、それとも味を気に入って足繁く通っている常連なのか、区別を付けるのは難しい。


 俺は空いている奥のカウンター席に腰掛け、手書きのメニュー表を手に取った。豚骨に力を入れているようだ。写真を見る限りどれも旨そうだが、気になるメニューが一つあった。


〈爆盛激辛チャーシューメン! 三十分で完食すれば無料+一万円プレゼント! 

※ただし食べきれなかった場合は倍額を請求します。ご了承下さい〉


 俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。分厚いチャーシューともやしが塔のように高く積み上げられている。煮え滾る溶岩のような色をしたスープが並々注がれた、鍋を丸ごと一つ用いている姿は爆盛の名に相応しい。


 これはサムネ映えすること間違いなしだ。完食できればそこそこの再生数が期待できる。完食できなくてもサムネが気になって観る人もいるはずだ。


 俺は早速注文しようと手を上げたが、大将に気付かれる前にすっと下した。


 YouTuberは昨日で引退したのだ。もうこんな無茶をする必要はない。


 そうだ。これからは普通の高校生として生きていくのだ。俺は店で一番人気のチャーシューメンを並盛で注文した。

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