第4話 引退配信①
▽▽▽
学校から帰宅し、梓と夕食を済ませて自室に戻った俺は、暗い気持ちを引き摺ったままパソコンを立ち上げ、YouTubeにログインした。
昨日に予約設定した配信予定時間までまだ時間がある。
俺の活動は動画投稿が主だった。自撮り棒を用いてスマホで撮影した動画をパソコンに取り込み、ネットで入手した無料動画編集ソフトで動画を編集し、字幕や効果を付けてYouTubeにアップロードしてきた。一連の作業はすべて自分一人で行ってきた。収益化ができていない底辺YouTuberの俺にはカメラマンと動画編集者を雇う金がなかったからだ。
思えば、配信は数える程度しかしたことがない。リスナーとはTwitterやYouTubeのコメント欄で積極的に絡んでいたこともあり、あまりやる必要性を感じなかったのだ。
配信を通じてもっとリスナーと交流を深めるべきだった、と今更ながら後悔が鎌首をもたげた。配信も含めて多方面に活動の幅を広げていれば、再生数もチャンネル登録者数も伸びていたかもしれない。
「今になってどうこう言っても仕方ないか」
深々と息を吐いた俺は、パソコンと向き合った。限定公開で内輪にだけ引退を表明するべきか、とも考えたが、それでは逃げているような気がしたので、一般にも公開することにした。
俺のYouTuber活動は今日で最後になる。その旨をファンだけでなく、俺に興味はあってもチャンネル登録をしていなかった人や、俺のことを知らない人たちの目にも留まれば幸いだ。
配信予定の動画にはすでに数十人が待機していた。いつもは十人に満たない数だが、今回は引退配信ということで、クラスメイトの何人かが見に来たのだろう。
配信が始まってもいないのにすでにコメントが寄せられていた。
『チャンネル登録しました! 応援してます!』
『心がへし折れたオスガキを見られると思うと堪らんえ』
『1万回再生超えた動画があるのに149人は少なすぎて草』
『高評価ボタンが見当たらないので低評価ボタン押しておきますね!』
『こんな時まで煽るとかお前ら鬼か』
俺の引退配信を面白がっている煽りコメントがちらほら目に入ったが、それだけではなかった。
『本当に引退するんですか? 寂しいです……』
『後100日頑張ってみたらどうすか? きっといけますって!』
『古参としてはこの結末は本当に辛い』
『若者の報われない努力を見ると胸が痛む』
『ここまで来たら最後までお付き合いします! 盛り上げましょう!』
温かいコメントを寄せてくれている人たちは、初期から俺を応援し続けている古参のファンのみんなだ。動画のコメント欄だけでなく、SNSのほうでも絡んできてくれた愛すべき変人たちだ。
俺は涙ぐんだ。数少ないファンの期待に応えられなかった自分の力不足が恨めしい。今頃になってああすればよかった、こうすればよかった、と際限のない後悔が渦を巻いたが、100日間連続動画投稿でチャンネル登録者数1000人を越えられなかったら引退すると宣言して視聴者の目を引いてきたのだ。今更撤回はできない。
そうこうしている内に、終わりの始まりの時間がやってきた。俺は小刻みに震える指で配信開始ボタンを押した。時間差で俺の顔が画面に映し出されると、早速コメント欄が動き出した。
『マジで暗い顔してんじゃん』
『茶化すに茶化せねえ』
『引退してもお前のことは忘れないよ』
『明日に復活配信しよう。スパチャしてやるよ。あっ、収益化できてないんだっけw』
『引退するなんて言ってないしん!』
同情的なコメントと煽りコメントが次々と流れていく。気を抜くと涙が出てしまいそうだ。俺は下唇を噛んで誤魔化した。
俺にはお決まりの挨拶の言葉がある。この精神状態で言うのはかなりきついが、恒例なので言わなくてはならない。
「やあみんな、すべてをポジティブに解釈する男、ポジティブ太一です。みんなポジティブかい?」
血を吐くような思いで口にすると、続々とコメントが流れて来た。
『お前がポジティブじゃねえじゃん』
『ポジティブとは一体……?』
『明日からネガティブ太一に名前を変えて再デビューしようぜ!』
『今更だけど、やあみんなの語感が特徴的だよな』
『今日はグミしか食べてないしんよー』
さすが底辺YouTuberの配信に顔を出す訓練されたリスナーたちは辛辣だ。今まで見たことのない変な奴も湧いている。
『今からでも引退を撤回しませんか?』
『そうっすよ! 後100日頑張れば絶対いけますって!』
古参のファンからの励ましのコメントもあった。俺は心が温かくなるのを感じた。数は少なくてもファンはファンだ。最後を見届けようと集まってくれたファンのみんなの前で醜態を晒すわけにはいかない。
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