第3話 学校のみんな

 ▽▽▽



 翌朝、黒のブレザーに身を包んだ俺は、重い足取りで閑静な住宅街を歩いた。普段はYouTuber活動を優先し、場合によっては学校を休むことも辞さない俺だが、今日は単位の都合でどうしても登校する必要があり、渋々外に出てきた。


 学校でどんな目に遭うか想像するだけで気が重かった。こうして歩いているだけで、同じ学校に通っている生徒の何人かが俺を見ながらひそひそ話しているような気がしてくる。自意識過剰だと分かっていても、そんな気がしてしまう。


 それもそのはず、俺がYouTuberをやっていることは学校で公言している。底辺YouTuberである俺を知っているのは少人数だが、知っている人は知っているのだ。「ポジティブ太一さんですよね?」と声をかけられたと妄想するだけで羽が生えたような気分になる俺も、引退秒読みの状況では道行く人たち全員が俺を笑っているように見えてしまう。


 見慣れた通学路を歩いていくと、数年前に建て直されたばかりの真新しい校舎が見えてきた。


 俺が通う高校はこれといった特色のないどこにでもある公立校だ。この学校に進学した理由は、部活動や委員会の所属が強制ではないからだ。情熱を燃やす対象がなく、ふわふわした心持ちだった中学時代の俺には進学先として打って付けだった。アルバイトも禁止されていない。YouTuber活動をする上で非常に助かる緩い校風だ。


 校門を目前にした俺は足を止めた。できることなら引き返したいが、そうもいかない。ここまで来たらもう覚悟を決めるしかない。


 地獄へ続く正門を踏み越えた時だった。顔見知りの男子生徒の何人かが声をかけてきた。


「よう太一! この間の動画観たぜ! 低評価押しておいたわ!」


「登録数1000人越えは大変だよな。チャンネル登録解除しておいたぜ!」


「Twitterの宣伝ツイートうぜえからスパム報告しておいたわ!」


 俺は羞恥に打ち震えながら下を向いて歩いた。普段の俺ならどんな揶揄にもどんと来い、俺はすべてをポジティブに解釈する男だ、と構えているところだが、今はそんな強気な態度を取れる余裕はなかった。


 教室に入ると、俺に気付いたクラスメイトたちは冷や水を浴びせられたようにしんと静まり返った。予想外の反応だ。てっきりさっきの奴らみたいに茶化してくるかと思っていた。


「な、何だよ、人の顔を見るなり瀕死の子猫を見るような顔をして。いつもみたいにもっと茶化して来いよ。ほら笑え! 笑えよ! おれはここだ!」


 教壇の前に移動した俺は、自分の存在を誇示するように両手を広げて叫んだが、クラスメイトの男子が俺の肩にぽんと手を置き「胸を貸してやるよ」と言ってきた。その優しさが却って辛かった。俺は失恋した女の子みたいに泣いた。今ならこいつに抱かれてもいい。


 入学した頃の俺は目立たない生徒だった。ある出来事をきっかけにYouTuberとしての活動を始めてからは、チャンネル名に負けじと明るく振る舞うようになった。おかげでクラスのみんなとは仲良くやってきた。最初は冷やかしてきた奴らも今では応援してくれるようになった。リツイートといいねをして宣伝に協力してくれるクラスメイトもいた。


 おそらく、クラスのみんなは俺の置かれている絶望的な状況を知っているのだろう。


 胸を貸してくれたイケメンのブレザーを涙と鼻水で汚した俺が顔を上げると、クラスの何人かが引退を考え直したほうがいいんじゃないか、と言ってきた。ここまで頑張れたのならもっと頑張れるのではないか、自分たちのように見てくれる人もいる、俺の頑張りを見て励まされてきた、と嬉しい言葉をかけてくれた。


「いいや、こればかりは撤回できないんだ」


 俺はかぶりを振った。100日間連続動画投稿でチャンネル登録者1000人を超えなかったら即引退は、活動を始める前から決めていたことだ。最初の動画でもそう触れ込んでいる。こればかりは撤回できない。


「何だどうした、揃いも揃って辛気臭い顔をして」


 婚活アプリで必死に年下の女性を狙って婚活している担任の松下先生が教室に入ってきた。クラスメイトの女子の姉が、婚活アプリに登録されている松下先生のアカウントを発見したことから広まった事実だ。がっつり加工を施している自分の写真が学校中に拡散され、一部でコラ画像に使われているのを松下先生は知らない。


 俺は手を挙げてこう言った。


「今日の夜、ポジティブ太一の引退配信があるんですよ」


 本当は動画を作るつもりだったが、最後は直接ファンのみんなに別れの言葉を伝えたい、と急に思い至った。


「何だ、何の話をしてるんだ?」


「いいんです、先生は何も知らなくて。事実なんて知らないほうがいいんです……」


「な、何があったのかは知らんが、まあいい。それはそうとお前はそのふざけた髪を週明けに直しておけ。でないと学校には入れんぞ。あと学校には毎日来い」


「入れないのか来たほうがいいのかどっちですか」


 俺は力なくツッコんだ。

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