幕間 あの日の出来事
――コンビニなどで必要なものを買いそろえ須藤くんの後をついていく。
妹さんが風邪をひいて寝込んでいるので、スポーツドリンクやおかゆのレトルトやヨーグルトなど、消化によくて食べやすいものを買いそろえてある。
須藤くんはあたふたとしていて、家に何があるのかも分かっていないようなので、あとで冷却シートとかもあるか確認して薬局で買うことも忘れないように。頭の中にメモしておく。
「あ、ここが僕の家です」
「ええ、ありがとう。じゃあ、失礼するわね」
家に押し入るなんて、どうかとは思うけれど……でも、本当に困っているように見えた須藤くんを放っておくことは私にはできなかった。
差し出がましいし、押しつけがましいと言われても仕方ないけれど、そんなことで誰かの助けになれるなら私はそれでいい。
「ただいまー」
「お邪魔します」
鍵を開けて玄関の扉を開く。
別に中が散乱しているとかはなく、普通の家って感じ。
まあ、そんなことはどうでもよくって。私は須藤くんに、
「じゃあ、まず妹さんが起きているかどうか見てきてくれる? その間に私はおかゆとか温めたり、看病するのに必要なものがあるか確認しておくから」
「うん。居間の棚にそういうのはまとめてあると思うから」
そう言って、階段を上り、妹さんの部屋へと向かう。
私は居間に繋がる扉を開けて、須藤くんの言っていた棚を見つけて中を確認する。
「……よかった。これなら大丈夫そうね」
普段から体調を崩しがちと聞いていたから、そろえてあるとは思っていたからあまり心配はしていなかった。
ならあとはレトルトのおかゆを温めて器によそって、食べさせたあとに風邪薬を飲ませておけば大丈夫。
「えーっと、キッチンは……と」
居間の奥のほうにあるキッチンへとおもむき、戸棚を勝手に開けて小さい鍋を取り出し、水を入れる。
そのままコンロで火をつけて、沸騰させたところにレトルトパウチを放りこむ。
お皿とスプーン、コップをおぼんに乗せておく。
あとは温まるまで待つだけ、というところで須藤くんがやってくる。
「どうだった? 妹さん、食欲はありそう?」
「辛そうだったけど、お腹は空いてるって」
「そう。なら、これ持っててあげて」
小鍋から温まったあかゆを取り出して、お皿に入れる。
温まった証に湯気がおかゆから立ち上っており、おかゆに梅干しを添えて、おぼんを須藤くんに渡す。
「熱いから気を付けてね」
「ありがとう立川さん!」
嬉しそうにおぼんを持って妹さんの部屋に向かっていき、少し遅れてから冷えピタと風邪薬を持って私も妹さんの所へ行く。
妹さんの部屋はぬいぐるみがいっぱいで、とても可愛らしい雰囲気だった。
その奥。ベッドの上にいる妹さんへ、持ってきたおかゆを食べさせようとする須藤くんの姿が。
けれど、かなり不器用なようでぎこちなさそうに食べさせてあげていた。
食べさせてあげたかったんだけどなあ、と呟くのが聞こえて、おとなしく妹さんに器を渡す。
「……彩夏。大丈夫? 食べられそう?」
「うん。ありがとう兄さん」
妹さん――須藤
艶やかな黒髪に、色白な肌はお人形さんのようで……ピンク色のパジャマ姿なのがちょっとかわいらしい。
須藤くんは傍目から見ていても、とても妹さんのことが大事にしているのが分かる。
言葉ひとつひとつが妹さんを気遣うものばかりで、見ていて危なっかしいけれど必死に何か妹さんのためにと行動しようとしてるのが分かった。
そんな須藤くんに大丈夫だからおとなしくしててと、たしなめられている様子から、きっとこれがこの兄妹にとっての日常なのだとうかがえる。
そんな妹さんは扉の近くに立っている私に気付いて、ぺこりと小さくお辞儀。
「兄さん、あの人がさっき言っていた?」
「ああ。クラスメイトの立川さん」
「どうも、立川愛奈です。……ごめんなさいね。勝手にいろいろと」
「いえ、兄さんだけだと落ち着いて寝てもいられなかったですから」
その言葉に須藤くんはむすっとした顔を浮かべるけれど、玄関での慌てようやお世話しようとして何度も空回りしているところから、事実なのだろう。
余計なお世話かと思ったけれど、そういってくれるならこちらとしても心が軽くなる。
儚げにほほ笑む妹さんに癒されながら、私は妹さんのほうへと近づく。
「じゃああとはそのおかゆを食べて、ゆっくり休むことね。私はお邪魔にならないうちに失礼するわ」
初対面の私がここに長居しても妹さんが気になるだろうからと、持ってきたものを渡して早々に立ち去ろうとする。
それを見て、妹さんは引き留めるように声をかける。
「本当にありがとうございます。……見ての通り、兄さんは不器用なので」
「……くす。そうみたいね」
初対面の私が見てもそう思うんだから、よっぽどなのだろう。
目の前で散々な言われようの須藤くんはちょっとかわいそうだけれど、楽しそうにほほ笑む妹さんに免じて許してほしい。
「はい。ですからこのお礼はそのうち、必ず」
「気にしなくていいのよ。私が勝手にしたことだから……お大事にね」
話も区切り、今度こそ本当に部屋から立ち去る。
これで私ができそうなことはもうないだろう。なら、あとは台所を片づけて帰るだけ。
……今まで、いろいろと勝手にお節介を焼いてきたけど、家にまで押しかけたのは初めてかもしれない。
それだけ須藤くんのことが放っておけなかったんだろう。
迷子になった子犬みたいな顔をして、玄関に立っている姿を見たときから、私は何かを考えることなく「助けたい」と思った。
「……一目惚れとか? まさかね」
でも、さっきから妹さんのことを心配そうに見つめるところとか、不器用ながらも必死になって看病しようとするところが頭から離れない。
いい所を一つ見つけるたびに、少しづつ私の中に須藤くんという存在が入りこんでくるようで……こんな気持ちは初めてで頭の中がこんがらがる。
考え込むだけ顔が熱くなる。
私はこんなに惚れっぽかったんだろうか。
「立川さん? 大丈夫?」
と、悩んでいる私の後ろから空になったお皿を持った須藤くんが声をかけてくる。
たったそれだけのことなのに、とっても嬉しく思えてしまう私はどうかしてると思う。
こんなんじゃない。こんなのは私じゃない。
――きっと、一時の気の迷いに決まっている。
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