7.お出かけ その四

 須藤くんと話しているうちに、鞠に紹介してもらったケーキ屋さんについてしまう。

 店の中には結構人がいて、にぎわっている。

 けれど、二人分の席くらいならありそうだったので一安心。


「じゃあ、入りましょうか。席が空いているうちに」


 店の中に入り、店員さんの案内でお互いに向かい合う形で席に座る。



 結果。見つめ合う形になりうまく正面を向くことができず、メニューを手に取ってテーブルの上に横向きに置く。

 そうして、二人で見えるようにしつつ須藤くんを意識しないようにと思ったのだけど、


「……っ」


 目の前に須藤くんの顔があった。


「あっ、ごめん!」

「い、いいのよ。私は後でいいから先に決めちゃって」


 文字が小さくて見えづらかったので体を前に倒して、メニューに顔を近づけると、同じ様に見えづらかったのか須藤くんと顔が近くなってしまい結局意識することになってしまった。

 お互いにすぐ顔を上げて、目を逸らす。

 さっきまですぐ近くにあった顔が真っ赤になっている。


 多分、私もおんなじだ。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 少し申し訳なさそうにしつつも、どんなケーキがあるのか気になる様子で……再び視線をメニューの方に向ける。

 どれもおいしそうだな、と小さくつぶやいているのが聞こえてきて、誘ってよかったとたったそれだけの言葉で思える。

 でも、せっかく二人だけのお出かけなんだからこっちのことも気にしてほしいと思うのは我儘なんだろうか。


「ねえせっかく二人で来たんだし、たくさん頼んで二人で分けながら食べない? 決められそうにないし」

「……ふふ。ええ、それもいいわね。せっかく、だしね」


 悩みに悩んで子供っぽい提案をしてくる。

 やっとこっちを向いてくれたと思いながら、頼られたことがうれしくて頬が緩みそう。

 それに、須藤くんはそんなこと意識してないんだろうけど……『せっかく』という言葉が何より嬉しくて、心でも読まれているのかと疑ってしまう。

 でも少し悔しいので、からかう意味でもせっかくを強調して言い返してやる。

 今日の出来事が特別だよ、と意味を込めて、伝わらないと分かったうえで言葉にする。


 ほんと自分でも呆れるほど単純なくせに、すごくめんどくさい性格をしていると思う。


「じゃあ、私はこれとこれにしようかしら」

「あ、じゃあ僕はこれとこれで……」


 お互いに食べたいものが決まり、店員さんを呼んで注文をする。



***



「わあ……!」


 注文してから少し経ったころ。店員さんがケーキを持ってきて、テーブルの上に並べていく。

 運ばれてきたケーキはどれもとてもおいしいそうで、スマホを取り出してカメラに収める。

 もう少し願めていたかったけれど、須藤くんはすぐに食べたそうにそわそわとしているのが見えて、カメラをバックの中にしまう。


 私も早く食べたかったし、写真はさっき撮ったので満足。

 ということで、


「いただきます」


 フォークを手に取って、ケーキを半分にする。鞠となら食べながら皿ごと交換し合ったりするけど、須藤くんとそれをするのは恥ずかしい。

 なので、始めから半分にしておけば問題なし。

 それに、甘い物は好きだけど食べ過ぎると体重が気になるので私の分を気持ち少な目に切り分けて、須藤くんに渡す。


「はいどうぞ」

「ありがと……って、多くない?」

「うん。私、そんなに食べれないし。これくらいで大丈夫だよ」

「そう?」


 なんて言いつつ、若干嬉しそうにする須藤くんが面白くてケーキを口に運びながらほほ笑む。

 目をキラキラとさせて、次々にケーキを平らげていく姿は小さかったころの弟や妹みたいでかわいい。


 最近は家族でこうして出かけることが減ってしまい、世話を焼くこともだんだんとなくなってしまった。

 それは嬉しいことであるけど、やっぱり自分が必要とされないと感じるのは寂しいものだ。


 だからだろう。口元にクリームが付いていたのに気づいて無意識のうちに手を伸ばして拭ってしまったのは。


「……え?」

「あっ……」


 食べる手を止めて驚いたようにこちらを見つめられる。

 そりゃそうだろう。いきなり触られたら誰だってびっくりしてしまう。

 でも、そんな無防備な姿をさらした須藤くんが悪い。


「あ、えと、ありがとう立川さん」

「え、ええ……こっちこそ、いきなりごめんね?」


 ドキドキと胸が激しく高鳴る。さっきの須藤くんの姿を思い出して、落ち着かない。

 おとなしくて、言ってはなんだけど普通の性格をしている。特別な出来事があったわけでもなく、良い所はご飯をおいしく食べてくれるところとお礼がちゃんと言えるところ。

 そんなことしか知らないというのに、私は須藤くんは放っておきたくないと思っている。

 子供っぽくて、どこか抜けてて……そんな彼を全力でお世話したいと思ってしまう。



***



「あ、お金は僕が払うよ。普段お弁当とかでお世話になってるし」

「いや悪いわよ。私から誘ったんだし、気にしなくていいのよ」

「でも……」


 張り切った様子で財布を取り出す須藤くんだけど、私はそれを断る。


 お礼がしたいという気持ち自体はとてもありがたいけれど、あれは私の自己満足と仲良くなりたいという下心でやっていることだから、そんなことでお礼と言われても申し訳なさが勝ってしまう。


「いや、やっぱり僕が払うよ。あんなにおいしいもの食べさせてもらって何もしないわけにもいかないから」

「うーん……まあ、そういうことなら……」


 確かに申し訳ないけど、ここまではっきりと言ってくるのを断るのも失礼なような気がするし、それで須藤くんが満足するならそれもいいかもしれない。


「じゃあお返しに、今度のお弁当は張り切って作ってくるね」

「……それじゃあ、お礼にならなくない?」


 だからといって、何かしてあげたいという私の気持ちを譲る気持ちもないのだけれど。





 須藤くんが代金を支払って、お店を出ると外は日が昇って少し暖かくなっていた。

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