5.お出かけ その二

 返事がもらえたことを確認すると「じゃ、あとは自分で頑張ってねー」と、鞠はそのまま店を後にしてしまった。

 まあ、もともとそのつもりだったから別にいいんだけど、もう少しこの喜びを共有したかった……。


「なんて、言ってる暇なんてないよね」


 あれから何度かメッセージのやり取りをして、明後日の日曜日に出掛けることになった。

 つまり、今日を含めてあと二日で準備をすませておかないといけない。

 着ていく服とかお店の行き方とかを考えるだけなんだけど、心の準備というか……なにがあってもいいようにシミュレーションしておきたいというか。


 そういうことで私も家に帰って、着ていく服とか選んでおこう。

 どれだけ時間がかかるか、分からないからね。



***



 さて、家に帰ってきて自室のクローゼットの中にあるお出かけ用の服を見繕っているのだけれど、どれがいいのか悩みまくって頭を抱えていた。

 鏡の前で、服を体に当てては別の服が目に入ってしまう。


「ううーん……」

「なにお姉ちゃん。デートでもするの?」

「わっ!? って、美月みつきじゃない。どうしたの?」

「どうしたのはこっち。こんなに部屋を散らかすなんてお姉ちゃんらしくないじゃん」


 部屋の扉の近くで、頭を抱えた私を呆れたように見つめているのは妹の美月だった。

 美月は私と同じ黒髪を肩口で切りそろえており、少し目つきが鋭い。

 中々、表情が変わることがないのだけど、今はあからさまに面白いものを見つけたと目を輝かせている。

 それに少し口の端がニヤけそうになっているのを姉が見逃すものか。


「で? ほんとにどうしたの?」

「いやその、明後日出かけるんだけどその時に着てく服が決まらなくて……」

「へー」

「なによ」

「おめでとうお姉ちゃん」

「なにが!?」

「今日は赤飯がいいかなお姉ちゃん。せっかくだから家族みんなで祝いたいな」

「残念ですけど今日の晩御飯はオムライスよ!」

「そっかー。とうとうお姉ちゃんにも・・彼氏かー。よかったよかった」

「違うわよ――って、待って。?」


 私の話なんて聞いていないのか、うんうんと目をつむってうなづく美月を睨もうとして……少し引っかかるところを覚える。


「あれ、言ってなかった? 私も有希ゆきも恋人いるんだよ?」

「そうなの!?」


 二人ともまだ中学生なのに!? 早くない!?

 という私の驚きを余所に美月は私の部屋に入ってきて、ベッドにおいてある服を手に取って眺めていた。


「はい。これとこれでいいんじゃない? お姉ちゃん、顔かわいいんだから背伸びした格好よりもこういうほうがいいと思う」

「そ、そう? まあ美月が言うならそうなのかしら?」

「うん。似合ってないわけじゃないけど、一番はこれ」


 美月はセンスがいいので、ここにあるほとんどの服は美月が選んで買ったものだったりする。

 まあ、ほとんど私が遠出することが少ないので着る機会は少ないのだけれど。せいぜい、鞠と一緒に遊びに行くくらい。


「これだけ悩むなんてほんとに珍しいよね。お姉ちゃん、するって決めたらすぐに行動するのに」

「まあ、ね。いつもだったらそうかもしれないけど……」


 どうしても、須藤くんのこととなると一歩引いてしまう。

 それは、きっと単純に嫌われたくないからで。こんな気持ちを抱いたことがないから、どうしていいのか分からない。


「ふうん。……ま、詳しくは聞かないけど、がんばってね」

「……、ありがと」


 妹に気を遣われたことが悔しいやら恥ずかしいやらで少しすねた感じで返事をしてしまった。

 残念ながら、恋愛経験という意味では妹に敵わないらしい。


「あ、そうだ。今度料理教えてくれる?」

「? いいけど、どうして? お姉ちゃんのご飯おいしくないの?」

「……。私、彼氏いるって言わなかったっけ?」


 そんなにニブイの? と小さくつぶやかれる。

 料理を教えること自体は別にいいんだけど、突拍子もないお願いだったから理由が気になっただけなんだけど。


「??? どういうことよ」

「……っ、~~っっ!! 彼氏に! 食べてもらいたいから! 教えて!!」


 バタンっ、と顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまう。


 数刻、呆けて


「あ、そっか。私と同じ理由か」


 絶賛、初恋中だというのにどうして気付かないものか……我ながら鈍すぎやしないだろうか。

 まあ、そういうことなら張り切って教えてあげよう。


「美月、昔から料理下手だし……その彼氏くんにまずいもの食べさせたくないでしょうから」


 表情と同じで手先も不器用な妹のために、お姉ちゃんが頑張ってあげましょう。

 ……とりあえず、こっちの用事が片付いてからで。

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