3.お友達からで…

「…………」


 四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、生徒は一気に騒がしくなる。

 午前を乗り越え、午後に備えるためにそれぞれが英気を養うために好きなように過ごしていた。


 そんな中で私は自分でもわかるくらい顔が強張っている。

 理由はもちろん、今朝、鞠に言われた「お昼を一緒に過ごす」という目標だった。


 頭の中でぐるぐると考えていたらまったく授業に集中できず、時間はあっとういうまに過ぎていく。


 そうして何も思いつかないまま、お昼の時間がやってきてしまった。



「……愛奈ー? 黙ってても話進まないから早くしてくれるー?」

「わかってるわよ」


 大丈夫、大丈夫……別に大したことするわけじゃないし。クラスメイトに話しかけるだけだし、別に私が誰とお昼を一緒に食べるかなんて誰も気にしないし。

 だから、なんてことないんだから。


「えっと、須藤くんちょっといいかしら――」



***



「(きっまず……)」


 大丈夫……なんてことはなく。

 結局、二人きりで食べる勇気はなく鞠と須藤くんの三人で食べることになった。

 恨めしそうにこちらをにらんでくる鞠にはほんと、申し訳ないと思うけど焚きつけたんだから責任取ってもらうから。


「えっと、改めてこれ・・ありがとう。すごくおいしいです」

「そ、そう。それなら良かったわ」


「(これで仲が発展しなかったら、愛奈のこと一生いじりまくってやる……!)」


 友達が目の前で意中の相手にアタックしているところに居合わせている鞠の気持ちなんて知らず、私は須藤くんの一挙手一投足が気になって仕方なかった。

 いっつも自信ないし、パンばかり食べてたから気にならなかったけど、すごく食べ方が綺麗だったりする。

 というか、髪型がアレ――もっさもさで野暮ったい――だけで別に顔は悪くないと思う。

 眼鏡も似合ってるし、気まずそうに弁当に視線を落としては味に驚いて目を開いているところとか最高だと思う。


 でも、いいところがあるぶん他の悪いところが目立ってしまって、すごく気になる。

 特に髪型。

 ばっさり、とまではいかなくてもさっぱりとしたほうが断然かっこよくなると思うけれど、それは今口にすることではないから胸にしまっておく。


 私はペットボトルのお茶を飲みながら、そんなことを考えている。

 さっきから須藤くんが気になって箸が進まないのだ。


「んぐっ、いやほんとにおいしいですよ。僕が食べてもいいの? ってくらい」

「須藤くんに渡したものなんでから、食べていいき決まってるでしょ? 変なこと言うわね」

「あはは……なんか無くなるのが勿体無いくらいおいしくて」


 こうして素直に感想を言ってくるところとか、ほんと良いと思う。

 作りがいがあるというか、作ってよかったと思わせてくれるところは誰にも負けてない。

 というか、会話が心地よい。

 すごい。自然に意識せずに会話できてる。


 そうしているって事実がじわじわと私の胸の中を満たして、そわそわとしてしまう。


 誤魔化すように、ほとんど手をつけてないお弁当に箸を伸ばす。


 微妙に間が空いてしまい、少し食べることに集中する時間が流れる。


「てかさ、須藤くんいっつも一人でお昼すごしてるけど友達とかいないわけ?」

「いや友達くらいいるよ! でも、別のクラスでちょっと顔合わせづらくて……」

「ふーんそっか……ちなみに女?」

「何その聞き方。ふつーに男だよ」

「なるほどねえ……」


 ここぞとばかりに鞠が須藤くんの情報を聞き出してくれる。

 ほんとに頼りになる友達だ。


「じゃ、じゃあさっ! 明日からも一緒にお昼食べない? どうせお弁当渡すんだし」

「あ、うん是非。一人で食べてても寂しいだけで……今の時期、どこかに混ぜてもらうのって勇気いるから」

「あー、そうだよねえ……こうして誘われるなら楽だけど話しかけるのはちょっとね」


 特に意味のない会話だけど、それを須藤くんとしてるということが大事なのだ。

 誰と何をしているというのは、人間関係においてとても重要なことなのだ。


 ……まあ、となると隣でぼそぼそと居心地悪そうにしてる鞠のことをほったらかしにしてしまうのも必然というか、仕方ないというか。


 でも二人きりだと絶対にそのことを意識しすぎて何も話せなくなる自信しかないから、鞠には居てもらわないと困る。



 なんて過ごしているうちに、みんな昼食を食べ終わってしまった。


「……ご馳走様でした。おいしかったです」

「ありがと。お弁当箱は持って帰るから渡してくれる?」

「あ、はい。すみません、よろしくお願いします」

「いいのよ。ほんとに気にしなくて。さ、あと5分くらいで授業が始まるし、準備したほうがいいわよ」

「うわ、ほんとだ! 全然気づかなかった!」


 慌てて、自分の席へと戻る須藤くんを眺めていると、ちょいちょいと肩を叩かれてそちらへ顔を向けると、


「アタシ、いる必要あった?」

「ごめん……」


 ほんとに、ほったらかしにされてた鞠の声がむなしく響くのだった……。



***




「で? 結局、アタシが言った『お昼を一緒に食べるくらいの仲』にはなったけど、ここからどうするつもりなの?」

「え、いやこれで仲良くなれたでしょ? 話してて楽しかったし」

「――――」


 アタシ――千堂せんどうまりは親友である立川愛奈のその発言で絶句していた。

 いや確かにそうはなれたけど、結局は『きっかけ』にすぎないから……そこで満足するようなら到底『恋人』なんて程遠い。


 クリスマスまで時間もないし、それまでになるべく距離を縮めてほしいんだけど……


「うふふ、須藤くんあんなにおいしそうに食べてくれるなんて嬉しかったなあ。作り甲斐があるわね!」


 と、本人がこの調子で、アタシはひじょーにヤキモキしている。


 愛奈の態度から須藤くんのことを好きで間違い無いと思うけれど、どうも関係の発展に対する『焦り』が見られない。


「ねえ愛奈。須藤くんとこれからどうなりたいとか、ある?」


 不安になったアタシは愛奈に訊ねてみる。


「どうって?」

「どうもなにも、どんな関係になりたいか、よ」

「え? 友達、とか?」

「こうやってお昼すごしたんだか、友達でいいでしょ……つまり、その先! 男女の関係といったら!」


「こい、びと?」

「そんな初めて聞いたみたいな反応しないで……」

「いやいや! 私に恋人? 想像つかないわよ!」

「でも好きなんでしょ? 須藤くんと付き合いたいとか思わない?」

「え………………ごめん、分かんない」


 少しの間、三つ編みをいじりながら考えこむと、愛奈は八重歯を少し覗かせながら苦笑いをする。


 まさかとは思ったけど、ここまで恋心というモノに鈍感だなんて。

 目が離せなくて、何でもしてあげたいと思える相手がいるっていうのに……これは骨が折れそうね。


 放っておけないと、好きな相手・・・・・に尽くしたい・・・・・・って気持ちは全然別物でしょうに……



「はぁ……」



 この世話焼きで絶賛初恋中の親友の幸せを望んでいるのは間違いないのだけれど、


「…………ま、まあというわけで今日からお友達から仲良くなってくからいいじゃない」

「はぁ~~~」


 どうやらアタシの苦難はまだ続くようだ。

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