2.次のステップへ

「ごめんね須藤くん。ちょーっと渡したいものがあってさ」

「渡したいもの?」

「そ。まあ、それはアタシじゃないんだけど」

「???」


 意味が分からないと、首をかしげる須藤くん。

 その仕草がなんとも愛らしく思えて、胸がきゅっとなるけどそこはぐっとこらえて緊張と不安でいっぱいの心を抑えるようにカバンの紐を握りしめる。


 鞠め。

 いきなりすぎて心の準備をする暇もないったらありゃしない。

 でもおかげで、逃げる理由を見失ってしまった。

 ここを逃したら、たぶん今日の私はあれこれと言い訳してしまうだろうから。


 きっと、友人なりの応援なんだろう。それならありがたく受け取って、一歩踏み出そう。


「っ~~! おはよう! 須藤くん!」

「うぇ!? 立川さん!?」

「ええそうよ。立川愛奈よ!」


 顔が熱い。

 緊張から変な口上を述べてしまった恥ずかしい。でもちゃんと踏み出せた。


「あ、うん。おはよう……用って立川さんの?」

「うん。その――これ! 渡したくって!」


 勢いに身を任せてカバンの中から須藤くん用のお弁当箱を取り出す。

 もちろん傾かないように気を遣いながらだけど。


「はい! もうお昼買ってるかもしれないから少な目だけど、迷惑じゃなかったら受け取ってほしいわ」

「…………どうして、僕に?」

「どうしてって……あのコンビニパン祭りを見て放っておけないわよ」

「いやまあ、そうかもだけど」


 自覚があるのはいいことだけど、改めようとは思わないらしい。

 居心地が悪そうに頬を指でかいている姿を見て、ますます放っておけなくなった。


「……ああ、そっか」


 思えば簡単なことだった。

 仲良くなりたい、恋仲になりたいと思うのも本当のことだけど。

 それ以上に、私はこの人を放っておくことができなさそうってことも本当だ。


「というわけで、もし良かったら明日からもお弁当作ってあげるから。まともな昼食を取ってほしいのよ」

「……そっか。そうだよね、立川さんてそういう人だったね」

「ええ。思い知ったでしょ? 妹の看病すらままならない須藤くん♪」

「やめてよ。地味に気にしてたんだから」


 そうだ。

 今はそのことだけ考えたらいい。だって、私はそんなところに惹かれたんだから。


「でも本当にいいのかなあ? こんなことまでして貰っちゃって」

「いいのよ。好きでやってることなんだから」

「そそ。愛奈は構いたがりだからねー。一度目をつけられたら諦めた方がいいよー」

「ちょっと、そんな言い方はないでしょう!」

「ははは。まあ、でもそういうことならありがたく。ちょっとコンビニパンにも飽き飽きしてたとこだし」

「ええ。是非そうしてちょうだい」

「うん。今パッと思いつかないけどそのうちきちんとお礼するから」


 別にいいのに……本当に放っておけなくて、こっちが勝手にしてることだからそこまで気にすることないんだけど。

 まあでも、お礼してくれるっていうのは楽しみではあるわね。


「じゃ、そういうことで。明日も持ってくるから楽しみしててね!」

「あ、うん。ありがとう立川さん」








「うわぁ~~~~~~~~~~っ!!」


 ――やらかしたやらかしたやらかしたやらかしたやらかした!!


 教室に戻り、自分の席につくと私は思い切り頭を抱えてうなりをあげた。

 何が、『須藤くん♪』よ!

 調子のってんじゃないわよ私!


「いやぁ、見事だったね。愛奈」

「やめてぇ……ああ、思い出すだけで恥ずかしいぃ」


 教室に戻り、小声でうなりながら机に突っ伏す。

 まあ、いい感じで話し合えたとは思うけどそれにしたってないわ。


 ちらり、と須藤くんの席のほうを見ると弁当箱をカバンの中にしまっているところを見てしまった。


 ……あれ、私が作って渡したやつなんだよなあ。

 そう考えると自然と口角が上がりそうになる。

 同時に少し気恥ずかしさも感じる。受け取ってくれたことは良かったけれど、自分が作ったものを意中の相手が食べるって想像だけでお腹いっぱいになりそう。


「うわ、なにその顔」

「なによ……いいじゃない。一歩前進ってことで」


 二やついてしまう顔をほっぺを指でいじることで誤魔化すけれど、抑えられそうにない。


「でも、そんな調子ですぐ仲良くなれると思ってんの? 愛奈」

「え?」


 なんて喜んでいる私の耳に、鞠の冷たい言葉が突き刺さる。


「え、じゃなくて。まさかお弁当作ってくる程度で満足できるの? せっかく同じ教室なんだから、休み時間に話したいとか思わないわけ?」

「いや、でもいい感じに話せたし……」

「きっかけができたんだから、これを使ってぐいぐい攻めるかと思えば、渡して満足してるし。先が思いやられるわ」


 た、たしかに。

 お礼が楽しみだなあ、なんて待っている場合じゃなかった! 私の目標は『クリスマスまでに一緒に過ごせるくらい仲良くなる』なんだから、のんびりしていたらあっという間に25日はやってくる。


「ま、鞠……次はどうしたらいいかしら?」

「簡単よ。……ずばり、お弁当を口実にお昼を一緒に食べれるようになればいいわ」



 どうやら私の緊張は今朝限りではないようだ……。

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