第2話 世界一静かな世界征服
「ねえ、聞いて空乃ちゃん。ついに、実行することになったの。世界征服」
魔法の修業という名を借りたただの走り込みが終わって、汗を適度にかいて、水分補給のためにクエン酸の粉末を入れたすっぱい水を飲んでいる時のことだった。母である日葵ちゃんが労いの言葉をかけるよりも早くこんなことを言ってきた。
「ん?」
日葵ちゃんは、たまに世界征服したいなあと呟くことはあった。
が、それをまともに受け取ったことはなかった。いい大人がいったいなにを言ってるんだと思う程度だった。実際になにをするでもなく、ただダラダラしてるだけの人には世界征服という言葉は似合わなかったように思う。
「だから世界征服するの」
だが、目の前の日葵ちゃんは、子供が新しい知識をひけらかすような無邪気な笑顔をして、今からなにかをやらかしてしまうような雰囲気を身に纏っている。
とても冗談を言ってる風でもない。これからなにを言っても彼女は止まらないように思える。
でも、
「どうやって? そんなことできるわけないよ。きっとロクでもない結果になるから止めといたほうがいいと思うな」
世界征服ができないという考えは変わらないが、しかし大勢の人に迷惑をかけることぐらいのことなら、日葵ちゃんは十分にやってしまいそうな気がする。だから一応止めておく。しかし、この程度で止まる日葵ちゃんではないことも十分にわかっている。
日葵ちゃんの笑顔は変わらない。
「夢って知ってる? 空乃ちゃん」
それはいったい眠っている時に見る夢なのか、それとも将来になりたい未来を描く夢なのか。
「夢っていうのは無意識の領域なの。その無意識では、人はネットワークを築いているの。つまり人間と人間には見えない繋がりが存在するのね」
「はあ」
たぶん眠っている時の夢の話だ。
「その繋がりに介入する魔法を開発したの。介入すればすべての人間の無意識に干渉できる。そして、無意識の空間を無理やりにでも広げる。そうしたら何が起きると思う?」
「どうなるの?」
日葵ちゃんはこういった時、空乃の答えを欲しているのではなくて自分が答えを言うための合いの手を欲している。
「意識の領域がすべて無意識の領域に支配されると、人は夢に囚われるの。すべてが幻想の中、自分の内側の欲求に飲み込まれる。人は一生眠ったままになるの。どう? 世界一静かな世界征服の出来上がりよ。素敵でしょ。ふふ。もちろん星一さんは別だけど。ああ、そうね。空乃ちゃんと信者さんも特別に見逃してあげる。周りが静かすぎてもつまらないもの」
日葵ちゃんはひとしきり喋って満足すると、後ろに手を組んでさあ帰りましょと空乃にいつもの調子で話しかける。
——そして夜。
多坂町のすべての人が夢に囚われた。
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