第3話 3日目
次の日。
公園に訪れる。
女の子はブランコに乗っていた。漕ぐわけでもなく、揺られることもなく、両側から垂れている鎖を掴んでアリの行進でも眺めているかのようにじっと地面を見つめていた。周囲の様子には相変わらず興味がなさそうだった。
空乃は隣がちょうど空いていたので、ブランコに腰を落ち着ける。ブランコに乗るのはずいぶん久しぶりであることに気づく。ちょと前後に揺れてみる。妙に懐かしい感覚だ。
女の子が空乃に視線を向けた。
空乃もその視線に気づく。
「やあ、昨日ぶりだね」
地面を蹴りながら空乃が言った。
「バラエティ番組は見てみた?」
「うん見てみた」
「どうだった?」
「あんまり笑えなかった」
「あらら」
またかあと空乃は思う。なにがいけなかったんだろう、とも思う。
「やっぱり作り物みたいな感じがした?」
「そうかも。結局、あれって台本に従ってやってるんでしょ? 細かい所は別にしても、全体の流れが決められてるっていう感じがして、なんか変な感じがした」
「そっかあ。だけどそんなこと言ったらテレビなんて大体が台本通りに進んでいくものばっかりだし、テレビ自体があんまり——」
君には向いていないのかもね、と言おうとしたところで、「君」に当てはまるはずの彼女の名前を知らないことに気づいた。
「そういえばあなたの名前はなんて言うの? 私は空乃。高菜空乃っていうんだ。名前を知らないと呼ぶ時とか苦労するし、ちゃんとお互いに知っておいたほうがいいと思うんだけど、どうかな? あなたの名前を教えてくれる?」
女の子はちょっと悩む素振りを見せてから、
「色奈」
「いろなかあ。よろしくね色奈ちゃん。それでね、いま思いついたの。作り物みたいな感じが駄目っていうけど、だったら最初から作り物だと思ってそれを見たら違和感がなくなると思うの」
色奈の頭の上にクエスチョンマーク。
「どういうこと?」
「例えばね、漫画とかアニメって必ず誰かが作っているものでしょ? それを現実の出来事だなあって思いながら普通は見ないと思うんだ。だから面白い創作物こそが、色奈ちゃんにとって必要なものじゃないかと思うのですよ。そう思いません?」
「どうして急に敬語…………つまり、今度は面白い漫画でも紹介してくれるの?」
「いや、さらに思いついたんだけどね、私がなにか作ってくるよ。ちょっと短い漫画とか、四コマ漫画とかさ。いまの私はクリエイティブ精神に満ち溢れてるんだ。明日明後日は土日だからその間に作ってみるよ。まあ時間があればなんだけどね」
日葵ちゃんから受ける修業を思って、空乃は少し遠い目をする。しかしすぐに色奈に視線を戻し、どうかなどうかなと色奈に対して自分のアイデアの同意を求めてみる。
空乃は以前からそういった創作活動に興味があった。映画を観たり漫画を読んだりして、面白いと感じる。それはつまるところでそれを作った誰かに見事に心を動かされたということである。自分もまた、人の心を動かすことができるのなら、それはとても素晴らしいことだと思う。そしていま、人の心を動かすきっかけに空乃は立ち合っているのだと思う。もしかしたら自分には才能があって、ひょっとするとそれは一生眠っているものかもしれなくて、それが目覚めるタイミングこそがきっといまこの瞬間に違いない。
色奈がまったく期待していないテンションで言う。
「楽しみにしてる」
空乃は宝物を見つけた子供のように目を輝かせて、めちゃくちゃいい返事をした。
「うん!」
天才漫画家という謳い文句が、高菜空乃の名前の上についた、革命的な瞬間だったのかもしれない。
「じゃあまたね。三日後にまたここで会おうね」
空乃が手を振りながら帰っていった。
それを見送る色奈が誰にも聞こえないような声で、
「うん」
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