第5話 ペンギンだらけの運動会第一種目

 さあ、始まったのは運動会の第一種目である。


 使うものはぼろぼろのロープだ。


 ロープを使った運動会の種目となれば、当たり前のように大縄跳びが思いつく。


 だから第一種目は大縄跳びで、勝敗の決め方はどちらがより多く跳べるかで、ロープの長さから考えると、各陣営ごとに選出されるのは十羽といったところだ。この十羽には両端でロープを回す役も含まれており、実際にロープを跳ぶのは八羽のペンギンということになる。


 ペンギンたちはまず、誰を種目に出すのかを話し合いで決めている。


 一度選出されたペンギンは、他の種目にはもう出られないというルールを追加した。


 よりたくさんのペンギンに種目を楽しんでもらいたいという思いがあった。が、大縄跳びに出てしまえばもう二度とその選手は他の種目に出ることはできないので、選手の選出が大きく勝負の行方を左右することになる。話し合いもデッドヒートするというものだ。


 時間が過ぎていく。


 暇を持て余して、空乃は砂をいじり始める。初めは貝殻でもあるんじゃないかと思って、砂浜を掘り起こしてみる。なにもないことを悟ると、お城でも作ろうかと掘り起こした砂を見て思う。地盤を固めるには少し濡れている砂がいい。波に黒づく砂浜に近づいた。泥にも近い砂を手に入れた。海で手を濡らしてから、お城の基盤を築いてから城壁に着手しようとしたぐらいで——


 キマッターキマッターキマッター


 とのこと。


 砂城を、後ろ髪を引かれる思いで後にする。


 空乃は、選出された二十羽の面構えを見る。ペンギンたちの区別はほとんどわからないが、他のペンギンたちよりもやる気がありそうだし、若干ではあるが細身であるように感じた。互いの人選——ペンギン選の傾向は、身軽さを重視したという点でほとんど同じだったのだろう。


 役者はそろった。


 しかし、大縄跳びをいきなり始めるわけにもいかない。


 まずは練習である。


「じゃあまずはずんちゃん陣営——あ、ずんちゃんっていうのは白黒ペンギンのリーダーのことね。ちなみに白黒黄ペンギンのリーダーはつんちゃんだよ。こほん。では改めまして。ずんちゃん陣営から選ばれた十羽のペンギンたちは私のところにきてください。今から五分間の練習タイムを設けようと思います。ほら、きてきて」


 空乃はうちわのように手を動かして、十羽のペンギンたちを自分のところによせる。


 十羽のペンギンはてちてちとやってくる。


 かわいい。


「まずはこのロープの端っこを持つ子が二人いるんだけど、誰かは決まってる?」


 二羽の白黒ペンギンが片羽を上げる。


 さらにそのまま近づいてくる。


 軽くジャンプして、ロープを空乃の手から受け取ろうとする。


「はいどうぞ」


 羽を使って、二羽のペンギンが器用にロープを掴んだ。互いに距離を離していき、たわんでいたロープを張る。


「ぐるうってそのまま回せる? せーのって私が言ったらやってみて。いくよ、せーのっ」


 ロープを少したわませて、二羽のペンギンが、時計回りと時計回りにロープを回した。片方が時計回り、もう片方が反時計回りにしなければきれいにロープは回らない。


 だからこれは失敗だ。


 のたうちまわるヘビのような動きのロープは、地面の砂をはねのける。ひとしきりかぶった砂のシャワーは、払うことも億劫で、しかし別に怒りはない。周りの人間からはそういえばあんたの怒った姿ってみたことないねとよく言われる。自身に降りかかる事態をだいぶ客観的に見てみればもしかしたら怒る場面かなと考える。だけど相手はペンギンだし。


 そう考えると、普通は怒らない場面なのかなとも思う。


 ロープを回したペンギンたちにとっては、どうも違うようで、ロープをぽとりと落としてその場でぐるぐると回り始めた。冷や汗なのかなんなのか、彼らの足下にしずくが落ちたような黒がある。


「大丈夫だよ、怒ってないから。ほら、ちゃんとロープを持って練習の続きをやろ」


 ね?


 優しく微笑みかけて、落ちてるロープを拾って彼らにもう一度握らせた。


 ちょっとしたパニック状態に陥っていた彼らは、それでようやく落ち着いた。


 かかった砂を払う。


 練習再開。


 ちゃんとした回した方を教えてあげて、そうしたらちゃんと回せるようになって、空乃は素直に感心してしまってわあすごいと拍手を送った。ペンギンなのに、もしかしたら親戚のおじちゃんよりも器用かもしれない。日曜大工を趣味にしようとしていたが、釘の一本も打てない不器用さにその趣味を諦めたあのおじちゃんはロープを回せるかも怪しい。


 ロープが回せたら次は跳ぶ練習だ。


 八羽のペンギンが直列に並び始める。


 その間、ちょっと考える。


 空乃に対しての彼らの待遇は明らかにいい。オアシスを相手ペンギンに譲るような条件でなければ、彼らは空乃に対して従順といってもいい。さっきだって、空乃が怒るんじゃないかと心配をしていたけど、空乃が怒ったところでどうだというのだ。ペンギンの数はたくさん、比べて空乃はひとり、喧嘩になっても空乃なんかが勝てるわけもない。むしろぼろ負けする。人間に対しては、みんなに対してこんな感じなのか。それもなんだか違う。こんなに素直で、かわいい子たちがいればこの砂浜は今ごろうるさいぐらいの観光客で溢れかえっているはずだ。


 ペンギンたちが直列に並んだ。


 空乃のほうを見て、ロープを回す合図であるせーのっのかけ声を待っている。


 思考はやむなく中断、

「せーのっ」


 言うと、ロープが回り始めてペンギンたちが飛び始めて砂浜の砂が一定のリズムではねのけられる。ロープの回転はまったく止まる気配を見せない。飛んでいるペンギンたちは砂浜に足跡を刻まない。そりゃそうだろう、跳んでいるんじゃなくて飛んでいるのだから。羽をぱたつかせて、ロープの回転にちょうどぶつからないような位置に滞空しているのだから。


「ストップストップ。違うよ、フライじゃなくて、ジャンプをするの」


 空乃は実際にやってみせ、

「ほら、こうやってぴょんぴょんって。ね、わかった? こうやって、跳んだ回数がどっちが多いかで勝敗が決まるの。そんな風にぱたぱた飛んでたら相手のペンギンさんたちに負けちゃうんだからね」


 ワカッターワカッターワカッター


 言ってしまえば理解ははやく、ペンギンたちは羽を少しだけ使いながらロープを跳ぶ。


 初めのうちは息も合わずに三回も跳べればいいほうだった。だけど練習を重ねるうちに今では二十回近くも跳べるようになった。


 キリがいいかな、と空乃は思う。


 練習時間は五分と言ったけど、空乃はそもそも時計を持っていない。


 スマホもない。


 時間を確認するものがないのだから、練習時間の終わりの五分は空乃の判断で決まる。


 大縄跳びがどのようなものかは、白黒ペンギンたちもわかったころだろうし、これぐらいで練習は終わりにしよう。


 白黒黄ペンギンたちの練習が始まる。


 フェアではないということで、彼らには、白黒ペンギンたちの練習風景を見せていない。


 だからというわけでもないが彼らは白黒ペンギンたちとまったく同じような過程で練習を終えた。砂はかけるしパニックにはなるし縄に当たらないぎりぎりで滞空するし。


 練習成果は、互いに五分五分といったところ。


 本番では、きっと一回とか二回の跳躍の差で勝敗が決する身を削るようなデッドヒートが繰り広げられるに違いない。





 第一種目、大縄跳びの本番が始まる。


 先に跳ぶのは、練習した時と同じようにずんちゃん率いる白黒ペンギンたちである。


 二羽のペンギンが大儀そうにロープの先を持つ。二羽の間に、八羽のペンギンが汽車ごっこをするみたいに並び立つ。ガンバレーと応援しているのは周囲の白黒ペンギン、ガンバルナーと野次を飛ばしているのは周囲の白黒黄ペンギン、その体に似つかわしいでんとした構えでその場に立つずんちゃん、たくさんの白黒黄ペンギンたちに紛れてひと際大きく野次を飛ばしているのはつんちゃん。


 応援も野次も、飛ばされる側からしてみればプレッシャーになるという結果に変わりはない。深呼吸をしている白黒ペンギンたちはその緊張をなんとかほぐそうとしている。流れ出るその汗は、種目には関係のない見ているこっちが心配になるほどだ。


「始めちゃっても大丈夫かな?」


 練習となにも変わらない。


 跳び始めるには、空乃の言い放つせーのっが必要だ。


 ちょっと待ってとでも言うように、砂浜に二羽のペンギンはロープを置いた。深呼吸。羽をぱたぱた。軽く跳躍。よし、もう準備はできているぞとでも言うように、二羽のペンギンは砂浜のロープを拾った。


 こっちを見た。


 合図を待っている。


 空乃も深呼吸。


 すーはー。


「それじゃあ泣いても笑っても一回きり、運動会の第一種目の大縄跳びの勝負を始めようと思います」


 両の握りこぶしを作って、それを胸の前に持ってきて、


「いくよー。せーのっ!」


 八羽のペンギンが足にいっせいに力を込めるのがわかった。羽に挟まれたロープがぐるりと時計回りと反時計回りに動きはじめる。めちゃくちゃ速いというわけではないけどそれでも八羽のペンギンの足に確実に迫ってくるロープ、一心同体とでもいわんばかりの息の合ったジャンプでそれを回避、一回、二回、三回、四回——それが繰り返されること十二回、それまではこの行為がいつまでも続くんじゃないかという風にも思えたが、やはり十三という数字は不吉を示すものなのか十三回目に異変は起きた。一羽のペンギンが、足下の砂に絡めとられるように足を滑らせた。白黒ペンギンの応援に甲高いキエーという純粋な鳴き声が混じり、白黒黄ペンギンの野次にヤッターという歓喜の声が混じり、ドミノ倒しみたいに倒れていくであろう八羽のペンギンたちを空乃は見るに忍びなくて手で目を覆う。


 でも、指の隙間からちょっと様子をうかがう。


 足を滑らせたペンギンは、しかし諦めてはいない。ペンギンたちはなにも足の力だけで跳んでいるわけではない。跳ぶというよりもやはり飛んでいるといったほうが近い。要は、ちょっとだけ飛んでからそのまま自由落下してくるといった感じだ。


 空を飛ぶペンギンにとっては、羽を動かせれば、足を滑らせたとしても縄を跳べるということだ。


 足を滑らせたペンギンが背を地に向けたまま飛んだ。


 十三回目を乗り越えた。


 敵である白黒黄ペンギンたちも、これには、ぽけーとくちばしを開けて唖然とするしかなかった。公平な立場のはずの空乃も、思わずすごいと言ってしまったぐらいだ。だったら味方の白黒ペンギンたちの歓声はと言えば、それはもうものすごいに決まっていた。


 夏の熱気にも負けないぐらいのカミー、テンサイー、テンジョウテンゲユイガドクソンー、といった称賛の嵐。


 最後のは褒めてるの?


 なんて、空乃のツッコミをよそにして、こけたペンギンは体制を立て直す。しかし跳ぶのに大事なのは、体制はもちろんだけど、リズムはもっと大事だと思う。


 急なアクシデントで、全体的なリズムが崩れた。


 集団競技において、これは相当な痛手となる。


 今までのスムーズさを伴っていたロープの回転に、見ていてわかるぐらいの淀みが生まれた。それに合わせるようにして、明らかなズレがペンギンたちの足並みに生じていく。負の連鎖は止めるに至らず、ロープを回すにしてもロープを跳ぶにしてもちぐはぐで、結果として跳べた回数は十七回という具合。


 練習ではもっと跳べたのに。ペンギンたちの仕草からは、そんな悔しさにも似た不満が伝わってくる。


 しかし結果は結果だ。


 こういったアクシデントもまた、運動会においては醍醐味の一つなんじゃないかと空乃は思う。


 十羽そろって、白黒ペンギンたちがとぼとぼと仲間のところに帰っていく。


 群れの反応は、よく頑張ったと肩を叩くものがいればもっと跳べただろうと羽を上下するものもいるし、アクシデントを乗り越えたという実績で十七回という結果を責めるに責められないものたちもいる。しかし勝敗は、次の白黒黄ペンギンたちの結果を見なければわからない。だからこそ、白黒ペンギンたちはまだ希望を捨ててはいない。次に、ロープを跳ぶ白黒黄ペンギンたちの行進をまるで眼力だけで呪うかのようににらみつけている。


 順番交代。


 黄色いひげをなびかせて、呪いの視線を背に受けて、十羽の白黒黄ペンギンたちはそれぞれの配置につく。


 落ち着いている。


 十七回という結果を受けて、冷静に対処すれば決して越えることは難しくない数字だとわかっているのだろう。


 練習での最高記録は十七回よりも大きい二十六回、練習の最後のほうでは二十を超えるのは当たり前、負ける要素はたしかにないように思えるが、白黒ペンギンたちのようになにかしらのアクシデントが起きないとも限らない。


 羽を使って、白黒黄ペンギンたちが足下の砂を掘り始める。


 なにをしているのかと空乃は思う。


 見れば、大きめの砂利やら埋まっている貝殻なんかを遠くに放り投げている。満足したのか、砂を掘られたスペースに戻して、それから足下をきれいに均していく。


 ああ、と空乃は気づく。


 足下におけるアクシデントの要因を、彼らはなるべく排除しているのだ。


 十羽の白黒黄ペンギンたちが空乃を見つめている。


 準備ができたらしい。


 空乃も準備をする。


「んーんー」


 せーのっを言う喉の準備をしている。


 準備オッケー。


「つんちゃんチームの大縄跳びを始めまーす。それじゃあいくよー、せーのっ!」


 二羽の白黒黄ペンギンたちがロープを回す。八羽の白黒黄ペンギンたちが回るロープを跳ぶ。その様は、練習のときよりも安定感があるように見える。それゆえか、敵である白黒ペンギンたちに焦りが見える。彼らは視線だけでなくて言葉でもスベレーコケローシリモチツケーと相手に呪いをかけ始めた。しかし動じない。ブレることがない。白黒黄ペンギンたちは足下を均したおかげか淡々とロープを跳んでいる。


 ロープを跳ぶこと十三回、空乃は口に出しながらそれを数えていた。


 この時点で十七回は確実に超えると思った。確たる根拠なんてないけどそう思わせる安定感があった。


 白黒ペンギンたちもそう思ったに違いない。


 呪いの言葉はもうない。


 彼らは、しかし動いた。


 砂の爆ぜるようなロケットスタートで一匹の白黒ペンギンが飛んだ。それに続いて次々に白黒ペンギンたちが飛んでいく。打ち放たれた矢のようにまっすぐに飛んでいった先は、まさにいま種目を行っている白黒黄ペンギンたちの元である。


 あからさまな妨害だった。


 止める暇すらなかった。


 回っているロープに数匹の白黒ペンギンが絡みつき、跳んでいた白黒黄ペンギンたちに数匹の白黒ペンギンが激突し、種別に関係なくもみくちゃにされたペンギンたちの山が出来上がる。記録としてはロープを跳んだ回数は十三回。これには白黒黄ペンギンたちも怒った。ロープを絡みつかせたペンギンたちの山に、仲間がいることも忘れて突っ込んでいく白黒黄ペンギンたち。さらに大きな山ができた。


 また喧嘩だ。


 空乃は、ペンギンの積み重なった山に向かう。


「落ち着いてみんな。喧嘩はだめだってば、ほらみんな離れて離れて」


 うごめく山から、ペンギンたちを一匹ずつ引っぺがしていく。


「うー、ふぬー、やー、くにゃー、たー、やらー、ぬぬー、————」


 ——一匹引っぺがすごとに変な声がでる。


 それぐらいに気合のいる重作業だった。


 山が小さくなっていく。空乃はがんばりすぎてだいぶ息を切らしている。小さな子供を相手にしている気分、保育園の先生は毎日のようにこんなことを続けているのだろうか。形では先生の言うことは聞いて、根本的な部分ではしかし本能での行動を優先する幼児はきっとこんな感じに違いない。


 とにかく山は消えた。


 砂浜に散らばっているのは、山を形成していたうつ伏せのペンギンたちだ。


「はあはあ、あのね、相手のやっていることを邪魔したら反則だよ。反則になったら結果に関係なく、反則をしたチームの負けだから。これからは絶対にしないように」


 うつ伏せになっていた白黒ペンギンたちが顔を上げしぶしぶといった様子でワカッターと言う。反則をしたら負け、それを知ってなお、相手の妨害をしようとはさすがに思わないだろう。特に、白黒ペンギンには後がない。


「それで大縄跳びの結果は、白黒黄ペンギン——つんちゃんチームの勝ち」


 白黒黄ペンギンたちの勝利の歓声が聴こえる。ハンソクマケーハンソクマケーという相手を煽る言葉も聴こえる。


 それを受けた、白黒ペンギンたちの悔しそうな声だって聴こえる。


 彼らを、スポーツマンシップを利用して仲良くさせようとしたけどそんなことはできないのかもしれない。だけど、やると決めたなら最後までやってみるしかない。上手くいかなかったら次だ。それも上手くいかなかったらそのまた次だ。ここまで来たら、とことんまでやってやる。


 こうみえて、空乃はちょっぴり負けず嫌いだ。


 空に輝く太陽みたいに、空乃の心が熱く燃える。


 続くは、第二種目だ。

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