第4話 提案をしてみる
空乃がまず思いついたのは、シフト表みたいなのを作って、オアシスの使用権をペンギンの種類ごとに振り分けることだ。
これは、なんて素晴らしいアイデアだろうと我ながらに思う。
平等ここに極まれりといったこのアイデアを、意気揚々と空乃は語ってみせる。メシアーとまた呼ばれてしまうかもしれないなあなんて思っていたけど、ペンギンたちは水たまりの中で思い思いに泳いでいた。それは、ぷかぷかと浮かぶような背泳ぎだったりすいすいと魚雷のように速い泳ぎだったりばちゃばちゃと飛び魚みたいに水面の境界線を行ったり来たりする泳ぎだったり、
いや、聞いてよと思う。
空乃は大きな音が鳴るように手を叩く。
「みんなー集まってください」
そうは言ってみたけど集まったのはリーダーの二羽だけだった。リーダーであるという自覚と責任が、彼らの泳ぎたいという本能を打ち破ったのだろう。
種類に関係なく、他の六羽のペンギンたちが泳いでいる。それができるのなら最初からそうして欲しい。
まあでもとにかく、発言権のあるリーダーが集まればそれでいい。とりあえず、ずんちゃんとつんちゃんにさっきのアイデアを話してみよう。
同意を得れば、おのずとして他のペンギンたちにもアイデアが伝わる。
空乃はもう一度、自分のアイデアを、意気揚々として語ってみせる。
キャッカーキャッカー
却下だった。
「えーなんで」
思わず聞いてしまうがその答えはなんとなく推察できた。
キャッカーと言う時のずんちゃんとつんちゃんが、なんでこいつと同じだけの時間しかオアシスにいられないんだと、そう考えているのが表情から透けて見えたからだ。平等になることが彼らにとっての問題ではなく、少しでも、相手よりも優位に立ちたいというのがきっと彼らの問題なんだろう。
つくづく感じるが、人間と動物との違いはこういったところなんだと思う。
円満な解決策ではなくて、どちらが上であるのかを白黒はっきりつけたい。
その要望に応えることが空乃の役目である。だけどみんなが仲良くしてくれるに越したことはない。しかしそれを納得させる方法が思いつかない。空乃は唐突に、スポーツマンシップという言葉を思い出す。この場合スポーツマンシップという言葉自体に意味があるわけではなく、スポーツマンシップという言葉とともに思い起こされる情景が意味を成す。他者との負けられない戦いに身を投じながらも、他者に対してのリスペクトを忘れない。そうやって試合の後には、身を切るような努力を互いに認めて友達とはまた違った好敵手と呼ばれる存在になるのだ。
ずんちゃんとつんちゃんの存在は、まさしく好敵手といっても過言ではない。
しかしリスペクトが足りていない。
まだ互いが、全力でぶつかっていないからだ。
次の案はもう決定したようなものだった。
ある程度の優劣を決められる上に、もしかしたらお互いに仲良くなってしまうかもしれない案だ。
「わかりました、ではペンギンだけに白黒はっきりつけたいと思います」
ペンギンだけに、は余計だったかもしれないとちょっと恥ずかしくなって、
「おほん。ではこれから砂浜のところに戻って準備をしたいと思います。なんの準備をするのかというと、」
ずんちゃんとつんちゃんが、空乃の言葉を一言も聞き逃すまいと背伸びした。
空乃は水たまりで泳いでいるペンギンたちにも聞こえるように深く息を吸い、
「運動会の準備をします!」
ずんちゃんとつんちゃんは当たり前のように何それという風に首をかしげる。言葉も出さず、運動会とは何かを、空乃が説明していくれるのを待っているようだった。水たまりのペンギンたちはそんなリーダーたちの雰囲気を察したのか空乃の発した運動会のワードに疑問を抱いたのか、水たまりからひょっこり顔だけを出して空乃たちのほうにすすすと寄ってくる。
「運動会っていうのはね、チームごとに色んな競技に出て、そしてその勝ち点で勝敗を決める一種のお祭りみたいなものなの。競技っていうのは、まあリレーだったり玉転がしだったり大縄跳びだったり色々あるんだけど、まあそれは後で決めるとして、この勝敗でこのオアシスの使用権がどちらに渡るのかを決めたいんだけど、」
空乃はうかがうようにして、
「ど、どうかな?」
ずんちゃんが大きな体を反転させて、水面から顔を出したままの白黒ペンギンたちを首を動かして招集する。なにかを話し合っているようで、空乃には聞こえないぐらいのひそひそ話だ。
これに対してつんちゃんも、自分のもとに白黒黄ペンギンたちを集わせる。円陣を組みながら、ずんちゃんたちと同じようになにかを話し合っている。
内容としては、運動会をやるのかやらないのかといったところだろうか。
時間にして二十秒ほどが経って、互いの陣営がまったく同じタイミングでにらみ合った。
そして、
ホンモウーホンモウーホンモウー
彼らは、意を決したかのようにそんなことを言い始めた。
本望。
白黒ペンギンと白黒黄ペンギン、どちらが勝っているのかがこれでやっとはっきりする。これで決着がつけられるのなら、自分たちとしては本望である。
という意味が込められた言葉なのではないかと思って、思った以上のヒートアップぶりを目にして、これで本当に友情が芽生えるのかなあとかなり疑問が残った。
でもとりあえずはやるしかない。こんなにやる気になってるんだし。
空乃を筆頭にして、ペンギンたちはオアシスに来るまでの道をさかのぼる。空乃が手を伸ばしてもぎりぎり届かない場所にあるオアシスの出入り口は、八羽のペンギンの背に乗って、そのまま空乃と一緒に宙に浮いてもらってなんとか出ることができた。そこからは思い切ったジャンプで、いま自分の立っている岩肌から砂浜に向かって着地した。わずかに沈む足元を感じながら、自分の足跡の刻まれている砂浜を歩く。
途中、砂浜に隠されるように落ちている、いくつもの漂流物や人工的な廃棄物を目にした。
それはゴミに等しい。
だけど使えるものだってある。
空乃は足元からぼろぼろのロープを引っ張り出す。
つるつるした空気の入ったボールを見つける。
三角コーンが片手サイズになったようなやつを拾って、その裏っかわの空洞から赤みを帯びる前の青っぽい小さなカニが出てくる。
びっくりして手放して、もういっかい三角コーンを拾い直した。
ジョウイージョウイージョウイーの鳴き声が聞こえてくる。
砂浜に待機していた、たくさんのペンギンたちが見えてくる。
みんなに、会議の末の決着方法を告げる。
ルールとしては二種目先取で勝利が決まること、種目に関しては空乃が決めるのだということ。
ホンモウーホンモウーホンモウー
場は整った。
ペンギンだらけの運動会が始まった。
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