契約社員と家出少女と悪の組織と

第6話

「ここが……横浜か………」


 南関東特別自治区横浜府。その中心にある駅、横浜駅はかつては日本のサクラダファミリアとも呼ばれた迷宮の駅であったが、いまでは国営線と相模高速鉄道、そして三浦海浜鉄道の三社4路線が乗り入れるに留まる駅となっている。ただそれでも、北陸にあった駅に比べれると大きく、列車もたくさんあり、人も大勢いる。それなのにも関わらず、普通の駅であれば天井の上部に設置されているはずの、キック地の測定器具がなく、執行官の影も見えなかった。

                                                                         

「というか、北陸から横浜に行くのって大変だったなぁ……」


 かつて北陸から横浜に行くには、新幹線を乗り継いでいけば簡単にアクセスすることができたが、現在は、東京が政府直轄地になり狂人病感染者は入域することができなくなってしまっているため、大阪経由でここまでやってきた。それに、狂人病感染者は新幹線に乗ることも出来ないので、鈍行で休める暇もないほど、時間をかけてやってきた。何回も執行官から職務質問を受けた。


 今日はこれから横浜駅近くの狂人病感染者が泊まれるビジネスホテルに行き、明日の面接に向けてある程度準備をしようと思っている。まぁ、やれる事をやるだけだ。

 今考えられるのは、面接を受けた後どうやって帰ろうかということぐらいだ。


 「とりあえず、ホテルに行くか」


 スーツケースをカラコロと転がしながら、旧西口を出てドブ臭い川を渡り、昔の日本の街並みをゆっくりと観察する。ほとんど人がおらず、道端にいるのは浮浪者かもしくは浮浪者を食い物にしている日雇いの斡旋をしている人間ぐらいだった。

 斡旋している人間は僕にも話しかけてきて、僕はちょうどいいと思い、ホテルの場所を訪ねた。すると、「やることもないから教えてやるよ、ついてきな」といい、僕を案内してくれた。

 あまり信用はしていなかったが、しっかりと案内をしてくれてチップを渡そうとすると「いや、そういうのはいらねぁな。仕事で案内したんだったらもうちょい金取ってるわ」と言われ、そそくさと街に消えていった。狂人病に感染してからというものこういう風に人に優しくされたのは初めてだったので、なんだか不思議な気持ちになった。


 ビジネスホテルのチェックインは非常にスムーズに進み、唯一一般人と違いがあったのは、僕が暴走して部屋を壊してしまった際に、修復するための保険に強制的に加入させられたぐらいだろう

。こればっかりは仕方がないが、多少割高になってしまう。

 取っていた部屋はシングルルームだったが、ホテルの好意でツインルームに料金変わらずチェンジとなっており、非常に広い部屋で僕は少しゆったりとすることにした。


 「はぁ……久々にゆったり出来るなぁ……」


 部屋にある窓から外を眺めると、さっき渡ってきたドブ川が見える。きったねぇ色だ。その先には電車が走っていて、音は小さいが少しだけ走行音が聞こえてくる。

 それ以外は特になにかあるわけでもなく、旧西口の静けさが若干の寂しさを演出してくる。


 

 「……」

 

 特にやることがない。

 面接の準備も別に、スーツをしっかりと整えるぐらいしかなく履歴書や職務経歴書なども封筒にしっかりと入れてあるので、準備は万端だ。


 だからこそ、やることがないのだ。


 「うーん……。何しようかなぁ……」


 時間は夕方ぐらいで、今から横浜観光をしようにも若干時間が遅すぎる。それに何もしないというのも、何だかつまらない……。


 「旧西口のどこかでごはん屋さんでも入ろうかな」


 基本的に飲食店にはキック値測定器の簡易型が設置されているが、なぜか分からないが、横浜についてからはどのお店もキック値の測定器がなく、かくゆうこのホテルにもキック値の測定器はなかった。 

 ここで僕は一つの仮説を立てた。もしかしたら、この横浜の飲食店にはキック地の測定器が存在しないのではないかと。そして、狂人病感染者でも自由に好きなことが出来るのではないかと。


 そう思った僕は、それ以上の特になんの考えも持たず、貴重品だけ持ち旧西口の街へと繰り出すことにしたのだ。


 まずはドブ川の方に向かい、さっき日雇いの斡旋をしていたおじさんが居た場所まで戻ってきた。西口には意外と飲食店があり、いろいろな種類もあった。

 こんな風に、飲食店を好きに選ぶなんていうことは久々の経験だ。いや、久々というよりかは、初めての経験かもしれない。

 お金はある程度ある。好きなところへ行きたいが、なにぶん初めての店というのはなかなか入りづらいものだ。

 どうしようか迷い、迷い、迷い続け、少し疲れてしまった。

 とりあえず、旧ビブレ前のベンチに座り、タバコに火をつけることにした。他の地域や北陸ではタバコに火をつけることは法律上禁止されているが、ここでは許可となっている。外でタバコを吸うなんて経験なかったから、初めての経験でこれもまたウキウキしていしまう。


 「ふぅ……」


 タバコの煙が入り、それを吐き出す瞬間。鼻から香りが抜け、自分を満たしてくれる。


 少し、ぼーっとしていると眼の前のベンチに女の子が一人ちょこんと座ったのだ。

 女の子は僕よりも年齢が2,3下のようでもしかしたら高校生ぐらいかもしれない。そんな子が、タバコを吸えるベンチに座っているのだ。

 

 何もすることがないので、ぼーっとその子を見ていたが、特にこちらを気にする様子もなく、タバコを吸う訳でもなく、何をするわけでもなく、下をうつむきながらジーっとしていた。

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City Guardians~みんなの味方~ はいむまいむ @haimumaimu-maniyon

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