5
ゴミ山を分け入って奥へ進むと、元は処理場として機能していた施設の敷地内へ辿り着いた。
用途の知れない無数のパイプが、頭上をのたくっている。ふいに、パイプの一つがぎしり──と鳴るのが聞こえた。咄嗟に音源を見上げるも、視覚素子は何ら異常を検知しない。
老朽化したパイプが軋んだだけか──そう片付けるなら、そいつはゲーマーとしては三流だ。
「奴だ!」
同じく物音を聞き付けたラケルが、早くも抜銃して、銃口を頭上に向けながら悲鳴めいた声を上げる。
“Deckard”もまたブラスター拳銃を引き抜くも、銃口を冷静に伏せながら、ただ索敵の眼だけを上空へ走らせた。
やがて、見咎める。
上空を音もなく羽ばたき、地上を
コード:ミネルヴァ。
セレーション構造という鋸刃状になっているアルミ合金製の羽根は、空気を拡散するため、羽音がしない。翼を拡げれば六メートルは優に越えようかという巨体が、音もなく空を飛び交う姿は、悪夢のようだ。
視認できる限り、敵の数は単機。先ほどのハウンドと比べて数こそ少ないが、安心できる材料にはならない。ミネルヴァは残党狩りに特化した兵器だ。
微弱なモーター音すら聞き逃さない聴覚センサに索敵能力を預け、光学センサのペイロードを空けた分、高出力のレーザー兵器を積んでいる。
高出力レーザーは空気中での減衰率が高い。充分な威力を得ようとすれば、接近して来るはずだ。
ミネルヴァがこちらを獲物と見定め、“Deckard”目掛けて滑空して来る。“Deckard”はブラスター拳銃で迎撃しようとする愚を犯さずに、横へ回避。次の瞬間、残像めいて翻る外套の裾を切り裂いた高出力レーザーの輝線が、足許のコンクリートへ、赤熱した轍を刻んだ。
ラケルが必死の形相を浮かべ、ブラスター拳銃でミネルヴァを狙うも、圧縮空気の排気による加速を得た怪鳥を、捉えられない。
点によるブラスター拳銃の照準で、あの速度を捉えるのは容易ではない。
再びミネルヴァがこちらを目掛けて滑空して来たのを見計らい、“Deckard”は銃把を握る右手ではなく、左手を向けた。
いなや、がぱり──と左腕が展開。触覚情報がキャンセルされているとはいえ、奇妙な感覚だ。
二つに割れた左腕の中から、復列銃身のブラスター散弾銃が姿を現し、クーロン爆発の咆哮を放つ。
放射されたベアリングが、面に拡がってミネルヴァの右翼を迎撃。片翼へ無数の穴を穿たれたミネルヴァがバランスを崩して、地上へ墜ちた。
すぐさまブラスター拳銃を向けて、処理を済ませる。
ミネルヴァを一機、撃破。
これで次のフラグの条件を満たした。
次に起きる一連のイベントは、覚えている。プログラムコードも確認済みだ。
次の瞬間、身を潜めていたもう一機のミネルヴァが、プレイヤーの背後に躍り出る。プラグラム的に言えば、こいつは寸前まで何も存在しなかった空間へ、突如
そう、プレイヤーには。
レーザー攻撃が放たれる直前、ラケルがプレイヤーを突き飛ばして、身代わりになるのだ。その後、プレイヤーは単独でミネルヴァを撃破。
「今度は、守ることができた」
最期を看取るプレイヤーへ、悔いのない表情でそう言い残したラケルは「報酬はこいつで勘弁してくれ」と自分の銃を渡して、事切れる。
それが、このクエストの結末だ。
次の瞬間、彼女に突き飛ばされる衝撃が来る──そう考えていただけに、背中を灼くレーザーの熱に、“Deckard”は瞠目した。
仮想現実の事、痛みはさほどの物ではない。たとえ致命傷の一撃であろうとも、じんわりと背中が熱くなる、その程度のものだ。だが、それでも驚愕は大きかった。
じろり──と視線を流し、かたわらで立ち竦むラケルの姿を見咎める。いや、今は彼女へ拘泥している余裕はない。
素早く振り返ると、獲物へ致命的なダメージを与えたものと判断したミネルヴァが、鋭い鉤爪で掴み掛かろうとするところだった。咄嗟に左腕を掲げて鉤爪を防ぎつつ、ブラスター拳銃の銃口を、軽量化を図ったジェラルミン装甲へ押し当てる。
シリンダーの中身を全て、撃発。鉄屑と化した怪鳥が、はらわたをぶち撒けるように無数のパーツを散らばせる。
「あんた、どうして……?」
畏れと疑問の入り混じったような、ラケルの声。
何故、零レンジのレーザー攻撃に耐えられたのか。
一応の用心にと備えておいた耐レーザー装備、水酸化マグネシウムによるアブレーション被覆が物を言ったらしい。コートの背中面は焼き破れ、コーティング剤が蒸発して蒸気を上げているが、致命傷には至らなかったようだ。
「お前だったんだな」
彼女の問いには応えずに、“Deckard”はブラスター拳銃の銃口を、ラケルへと向けた。
「このクエストのバグは、お前だったんだ」
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