ゴミ山を分け入って奥へ進むと、元は処理場として機能していた施設の敷地内へ辿り着いた。

 用途の知れない無数のパイプが、頭上をのたくっている。ふいに、パイプの一つがぎしり──と鳴るのが聞こえた。咄嗟に音源を見上げるも、視覚素子は何ら異常を検知しない。

 老朽化したパイプが軋んだだけか──そう片付けるなら、そいつはゲーマーとしては三流だ。


「奴だ!」

 同じく物音を聞き付けたラケルが、早くも抜銃して、銃口を頭上に向けながら悲鳴めいた声を上げる。

 “Deckard”もまたブラスター拳銃を引き抜くも、銃口を冷静に伏せながら、ただ索敵の眼だけを上空へ走らせた。


 やがて、見咎める。

 上空を音もなく羽ばたき、地上を睥睨へいげいする、その怪鳥のまがき姿を。


 コード:ミネルヴァ。

 ふくろうを模した、機械獣。

 セレーション構造という鋸刃状になっているアルミ合金製の羽根は、空気を拡散するため、羽音がしない。翼を拡げれば六メートルは優に越えようかという巨体が、音もなく空を飛び交う姿は、悪夢のようだ。


 視認できる限り、敵の数は単機。先ほどのハウンドと比べて数こそ少ないが、安心できる材料にはならない。ミネルヴァは残党狩りに特化した兵器だ。


 微弱なモーター音すら聞き逃さない聴覚センサに索敵能力を預け、光学センサのペイロードを空けた分、高出力のレーザー兵器を積んでいる。

 

 高出力レーザーは空気中での減衰率が高い。充分な威力を得ようとすれば、接近して来るはずだ。

 ミネルヴァがこちらを獲物と見定め、“Deckard”目掛けて滑空して来る。“Deckard”はブラスター拳銃で迎撃しようとする愚を犯さずに、横へ回避。次の瞬間、残像めいて翻る外套の裾を切り裂いた高出力レーザーの輝線が、足許のコンクリートへ、赤熱した轍を刻んだ。

 ラケルが必死の形相を浮かべ、ブラスター拳銃でミネルヴァを狙うも、圧縮空気の排気による加速を得た怪鳥を、捉えられない。


 点によるブラスター拳銃の照準で、あの速度を捉えるのは容易ではない。

 再びミネルヴァがこちらを目掛けて滑空して来たのを見計らい、“Deckard”は銃把を握る右手ではなく、左手を向けた。

 いなや、がぱり──と左腕が展開。触覚情報がキャンセルされているとはいえ、奇妙な感覚だ。

 二つに割れた左腕の中から、復列銃身のブラスター散弾銃が姿を現し、クーロン爆発の咆哮を放つ。

 放射されたベアリングが、面に拡がってミネルヴァの右翼を迎撃。片翼へ無数の穴を穿たれたミネルヴァがバランスを崩して、地上へ墜ちた。

 すぐさまブラスター拳銃を向けて、処理を済ませる。


 ミネルヴァを一機、撃破。

 これで次のフラグの条件を満たした。


 次に起きる一連のイベントは、覚えている。プログラムコードも確認済みだ。

 次の瞬間、身を潜めていたもう一機のミネルヴァが、プレイヤーの背後に躍り出る。プラグラム的に言えば、こいつは寸前まで何も存在しなかった空間へ、突如出現スポーンするのだ。超近接距離の死角から放たれる減衰なしのレーザー攻撃を回避する手段は、プレイヤーにはない。

 

 そう、プレイヤーには。

 レーザー攻撃が放たれる直前、ラケルがプレイヤーを突き飛ばして、身代わりになるのだ。その後、プレイヤーは単独でミネルヴァを撃破。


「今度は、守ることができた」

 最期を看取るプレイヤーへ、悔いのない表情でそう言い残したラケルは「報酬はこいつで勘弁してくれ」と自分の銃を渡して、事切れる。

 それが、このクエストの結末だ。

 

 次の瞬間、彼女に突き飛ばされる衝撃が来る──そう考えていただけに、背中を灼くレーザーの熱に、“Deckard”は瞠目した。

 仮想現実の事、痛みはさほどの物ではない。たとえ致命傷の一撃であろうとも、じんわりと背中が熱くなる、その程度のものだ。だが、それでも驚愕は大きかった。

 

 じろり──と視線を流し、かたわらで立ち竦むラケルの姿を見咎める。いや、今は彼女へ拘泥している余裕はない。

 素早く振り返ると、獲物へ致命的なダメージを与えたものと判断したミネルヴァが、鋭い鉤爪で掴み掛かろうとするところだった。咄嗟に左腕を掲げて鉤爪を防ぎつつ、ブラスター拳銃の銃口を、軽量化を図ったジェラルミン装甲へ押し当てる。


 シリンダーの中身を全て、撃発。鉄屑と化した怪鳥が、はらわたをぶち撒けるように無数のパーツを散らばせる。


「あんた、どうして……?」

 畏れと疑問の入り混じったような、ラケルの声。

 何故、零レンジのレーザー攻撃に耐えられたのか。

 一応の用心にと備えておいた耐レーザー装備、水酸化マグネシウムによるアブレーション被覆が物を言ったらしい。コートの背中面は焼き破れ、コーティング剤が蒸発して蒸気を上げているが、致命傷には至らなかったようだ。


「お前だったんだな」

 彼女の問いには応えずに、“Deckard”はブラスター拳銃の銃口を、ラケルへと向けた。


「このクエストのバグは、お前だったんだ」

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