依頼を受けて、ラケルと共に辿り着いた場所は、ゴミ処理場というよりも大規模なゴミ山という風情だった。

 さながら大砂漠の砂丘のように列を成すゴミ山には、廃棄された機械獣や、戦闘用アンドロイドの残骸が混じっている。


 このゴミ山のグラフィックを手掛けたデザイナーの言を借りれば、ヒンノムの谷──聖書に登場するエルサレムのゲヘナをイメージしたものだそうだ。

 世界最古の都市、聖書で綴られる聖なる土地──エルサレム。ゲヘナはその南端に位置する、深い谷。そこには投棄されるゴミを燃やすために火が絶えず、悪臭立ち込め、罪人の死骸が投げ込まれたという。


「妹は、スカベンジャーだったのか」

 廃品回収業者。ゴミ山から価値のある物を漁って、生計を立てる。でなければ、わざわざこんな場所を訪れたりはしない。

「はっきり聞くんだね」

 ラケルが顔をしかめる。

 職業に貴賎はないとは言っても、確かに人に指摘されて気分の良い生業なりわいではないだろう。


「妹だけじゃない。わたしもそうさ」

 安心しなよ、スカベンジャーにだって金は払えるとラケルは硬い口調で言った。

「ここは稼げるんだ。競争相手が少ないから」

「危険だからな。ここは投棄された自立兵器の巣窟だ」

 ここにあるのは、残骸ばかりではないという事だ。中にはまだ機能を有したまま投棄された、機械獣やアンドロイドも混じっている。

 

「それでもこれまでは、問題なかったんだ。わたしも妹も、義体化してたから」

 義体化は、そう値の張る代物じゃない。義体技師の腕に選り好みをしなければの話だが。

「だけどあの夜は、違った。あんな化け物みたいのが居るなんて、思ってなかった」

 ラケルの右手が強く握り締められる。黒いライダーグローブの合成皮革が、軋むような擦れ音を鳴らす。


「行こう。奴が棲んでるのは、もっと奥だ」

 そう言って、歩を進めようとするラケルを「待て」と“Deckard”は制止した。

「なんだよ」

「敵だ」疑問符を浮かべるラケルにそう告げるが早いか、ゴミ山の陰からそれが現れた。


 犬だ。

 四足獣のシルエットを覆う金属装甲、赤い燐光のような三つの瞳孔レンズをそれぞれの眼に宿す双眸。そんな異形の姿を、犬と呼んでも良いのなら。

 

 コード:ハウンド。優れた嗅覚センサを持つ、主に偵察用に量産された、機械獣。

 偵察機とはいえ、ダイヤモンド粒子を含んだ炭化タングステン製の牙は、充分な殺傷能力を秘めている。

 

 間合いを測るようににじり寄るハウンドが、にわかに口吻こうふんを開いて、飛び掛かって来た。

 “Deckard”は耐候コートの裾を翻しながら、電光石火の速さで懐に忍ばせたブラスター拳銃を引き抜き、撃発。

 強烈な反動が肩をキックすると共に、銃声轟き、凶弾を浴びたハウンドが鉄屑と化す。


 ブラスター銃は、旧式の火薬を使った銃とは違って、レーザークーロン爆発の原理を用いて弾丸を撃ち出す。その威力は火薬式の銃とは比較にならない。当然、その反動は生身で耐えられるものではなく、使用には義体化が必須となる。

 ハウンドは一匹ではない。奴らは群れで行動する。さらに銃口をはしらせて、立て続けに銃爪を引き、襲い掛かるハウンド共を蹴散らしてゆく。


「“Deckard”!」

 ラケルの警告。

 背後から顎をがぱり──と開けて迫り来るハウンドへ、振り返りざまに裏拳を叩き付ける。金属繊維で補強した合金フレームによる鉄拳を受けた顎が砕け、ハウンドは錐揉み吹き飛んだ。

 ゴミ山に身体を打ち付けたハウンドへ銃口を向けて、トドメの弾丸を見舞う。


「……震えているな」

 リボルバー式のブラスター拳銃に、スピードローダーによる再装填を済ませながら、“Deckard”はラケルを一瞥した。

 応戦のために引き抜いた自動式ブラスター拳銃の銃把を握る彼女の両手は、小刻みに震えている。


「死ぬのが怖いのか?」

 “Deckard”──いや、釘屋にはわからない感覚である。少なくともこの仮初の肉体が"死"を迎えたところで、多少のデスペナルティを払えば済む話だからだ。

「……怖いさ。悪いかい」

 彼女は決まりが悪そうな顔で、ブラスター拳銃をホルスターへしまった。


「……目的は奥だ。行くよ」

 そうつぶやいて、先を行こうとする彼女の足取りは、先ほどよりも重いように感じられた。

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